今度は我に返るのは早かった。もっとももう俺は正気を保っている自信は無かったが。
目に映ったのは二つの巨大な山だった。視界を半分以上ふさぐ双子山の頂には既に見慣れたピンク色の突起が
ついている。あいつの胸だな、とすぐに分かる。淫魔の顔が山越しに見下ろしてきたからだ。後頭部にも体温と
弾力を感じる。なるほど、膝枕をされているんだ。
「気分はどう、ボク?まだぼんやりする?」
「最悪だ」
言葉少なく吐き捨てる。威厳の無い声に腹が立つ。
「あれ?どうしたの。本当に気分が悪いの?ごめんなさい、ママ、吸いすぎた?ねえ、大丈夫?」
いきなりおろおろし始める淫魔。イキそうになっていた時よりも慌てているのを見て皮肉な笑みを浮かべたら、
ますます慌てだす。おぼろげな罪悪感を感じているのに気付き、頭を振って考えるのを止める。
「別にどうでも良いだろう。さあ、煮るなり焼くなりどうにでもしろ」
目を瞑って面倒くさそうに答えてやった。膝枕をされて見上げている状態で変声期前の高い声で不貞腐れるのは
なんとも格好悪かったが、もうどうでもよかった。
勝てない。いざ認めてしまえば、拍子抜けする程楽になった。
最初は確かに俺が有利だったが、今はもう勝負にもならない。俺の幼い体は今まで苦労して積み上げてきた
知識と経験の力を発揮できない。さっきの出来損ないのクンニが何よりの証拠だ。愛液を飲んだ後の反応からして
媚薬封じの薬の効果も切れたんだろう。とどめはこの本来精通しているかも怪しい肉体年齢だ。お遊び以下の
快感にさえ抗えないのではどうしようもない。
「どうしちゃったの、ボク…どうにでもしろって言われても…」
何が不満なのか淫魔は困惑の度合いを深めるだけだった。いや、俺が何が不満なのか理解できていないのだろう。
「分からないのか?お前の勝ちだ。俺の負けだ。だからさっさと俺の命を吸えるだけ吸い尽くせば良い。
無駄だと分かったからもう抵抗なんかしない。こんな生業だ、覚悟はしている。でもな」
キッと目を開いて精一杯睨み付ける。ここまでしなくても良いじゃないか、と言う声を頭の隅に押しつぶして。
「俺の体はくれてやる。だが心は絶対にやらん」
反応は完全に予想外だった。
ぽろぽろ。ぽたぽた。
両目から大粒の涙を零す淫魔。真珠みたいだな、等と思えたのは一瞬だけで今度は俺の方が慌ててしまう。
「な、なんだ!何故泣き出すんだ!」
あれ、何で俺は取り乱しているんだ?こいつが泣いたってむしろせいせいする筈なのに…
「だって、ボクがママの事を好きになってくれないんだもん」
カチンと来た。心の中で消えかけていた物がゆっくりと燃え上がる。
「ねえ、どうしてママの事嫌いなの?ママ、嫌だわ。ボクがそんなに悲しい目をしているの…」
プチン。
「ふざけるなぁーっ!!淫魔のくせに、俺の愛が欲しいだと!?」
衝撃波を浴びたかの様に仰け反る淫魔。目は涙を止めて大きく開いていた。
「誰が、誰が淫魔など愛してたまるか!」
怒りの炎がガンガン勢いを増す。淫魔の怯え様は注がれる油となる。
「俺の家族は!父親も!母親も!兄も!お前等淫魔に殺されたんだ!!」
心臓と肺が全速力で口と喉に酸素を送り込む。動悸が激しさのあまり耳鳴りを起こす。
「残された俺と妹は誰も頼れなかったんだ!妹は空腹と寒さに苦しんで死んだ!俺はコソドロになってでもあいつを
生かそうとしたのにだ!」
呪詛に満ちた言葉が止まらない。長年誰にも見せなかった心の中の黒いゴミが嵐になって吐き出される。
「俺は、俺は…げほっ、げほほっ」
噴火は唐突に止まった。俺の小さな体で大の男並の肺活量を出そうとしたからだろう。
苦しさに咽ていたら背中をさすられた。淫魔が俺をベッド端の枕にもたれかからせて、何度も背中をさする。
やめろと言おうとしてまた咳き込んだ。喉が痛くてしばらく喋れそうにない。
「喋っちゃダメよ…力を抜いて。ゆっくり、ゆっくり息を吸って…吐いて…吸って…吐いて…」
ぽんぽんと軽く背中を叩かれる。逆らえるだけの体力が無い。気力も使い果たして、どうしようもなく心が痛む。
惨めだ。死にたい。誰か俺を殺してくれ。
目が潤みすぐに流れ始める。涙が止まらない。喉に何かがつかえている。
泣きべそをかいている。気付いてしまった瞬間本当に泣き声が出てきてしまう。堰を切った様に止まらない。
ぱふ。むにゅ。
よしよし、怖かったでしょう。もう苦しまなくて良いのよ。好きなだけ泣きなさい。赤ちゃんなんだから泣いても良いのよ。
その悲しみを全部吸い取ってあげる。うんと泣いて泣いて全部洗い流しちゃうの。いたいのいたいのとんでいけ。
顔が何かに押し付けられた。淫魔の胸だとすぐに分かった。
わあわあと泣く声が聞こえる。これじゃ本当にただの子供だ、と頭の片隅が他人事の様に考えている。残りの部分は
全部悲しみを涙に変える事だけを考えていた。
淫魔はただただ俺の頭と背中を撫で続けていた。何時までも何時までも。
どれ位泣いていたのかは分からない。俺には永遠にしか感じられなかった。
泣き声が啜り泣きに変わり、啜り泣きがしゃくり泣きに変わって、やがてそれも止むまで淫魔はずっとずっと無言で俺を
抱きしめていてくれた。そこまで経ってやっと沈黙が破られる。
「ボク、喉痛いでしょ?」
喋るのも億劫だったので黙って頷く。喉どころか上半身全部が燃え上がる様に熱く、ヒリヒリと痛んだ。
「お口をちょっとだけ開けて」
言われた通りに口を開く。何をされるかは分かっていたが、もう気にもならなかった。
乳首が唇を可愛がりつつ滑り込んでくる。何かを咥えている感触だけで嘘みたいに心が安らぐ。
甘くほんのり温かい液体が口の中を満たす。味覚があっという間に乳の味に支配される。間も無く鼻も乳の匂い以外
感じられなくなった。
焼け爛れた喉が癒されていく。神経を伝って痛みと熱がどんどん消されていく。
「いたいのいたいのとんでいけ…」
頭と背中がさすられる。既にさっきまで苦しかった事が信じられない。僅かに残る悲しさと涙さえ気持ち良い。
激情を曝け出して放心するなんて魅了してくれと言わんばかりだな。いや、そうなった時点でとっくに魅了済みか。
白くぼやけた意識の中でふと浮かんだ考えは数秒間も持たずに何処かに流されていった。
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