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『第55期対淫魔戦士養成学校卒業検定・首席卒業者の顛末』・前編

 王国立戦士養成学校。


 3年生の教室の掲示板に張り出された卒業検定の対戦表に、戦士の卵達が群がっている。
俺もその人波の中で、対戦表を見上げ、自分の名前を探していた。


 剣一振りを手に戦乱を勝利に導いた英雄が、姫君と結婚して新たな王となる、そんなこ
の世界でも、妖精に授かった魔剣を手に、竜にさらわれた聖女を助け出すなんて話は御伽
話だ。この世界には狂暴な怪物も、邪悪な魔法使いもいない。
 この世界に存在する、この世ならざる怪物はただ一種。淫魔と呼ばれる、人の精気を吸
い取る人の姿をした化け物。女の精気を吸い取って生きる男性型のそれはインキュバス、
男の精気を吸い取って生きる女性型のそれはサキュバスと呼ばれた。たとえ剣で斬り倒し
ても、淫魔は必ず蘇る。この悪魔を倒す方法はただ一つ、性的絶頂に至らしめて、力の源
である性欲を昇華してしまうしかない。
 常人には想像もできぬほどの肉体と性技を持つ淫魔を相手に、それが可能な人間を、人
は称えて戦士と呼んだ。


 戦士を志すものは、養成学校で3年の厳しい修行を積み、卒業検定に受からなければな
らない。卒業検定の内容は至って単純、互いに学んだことを全てを注ぎ込んでのセックス
勝負である。もし敗れたら戦士の資格はもらえない、即留年が決定する。生徒の半数が留
年するという厳しい検定だが、それでも敗北が死を意味する実戦よりは遥かに優しいと、
先生や先輩は言っていた。


 この検定、なんと言っても対戦相手でその明暗が8割型決定する。3年の修行を潜り抜
けてきたクラスメート達に誰ひとり楽な相手はいないが、それでもどうしても当たりたく
ない相手がクラスに二人いた。


 「リッちゃん、見つかった?」


 人並みの後ろから、小柄なショートボブの少女が声をかけてきた。こいつが、どうして
も当たりたくない相手の一人、幼馴染のアイナだ。ガキのころに交わした結婚の約束を、
未だに信じているバカなヤツである。……まぁ、俺もバカなんだが。
 いっつも俺のシャツを掴んでぴーぴー泣いてたちんちくりんが戦士になると言い出した
ときには、そりゃもう大騒ぎだった。
 いつもは素直にオレの言うことを聞くアイナなのに、妙なところに芯が一本通っている
ようで、どんなに説得しても頑として聞かなかった。
 根負けしたオレは、剣士の道を捨ててアイナとともに戦士養成学校に入学したのである。
 戦士を目指すから今日でここを止めると、剣の道場に伝えにいったときに、「お前の人
生だからな」と快く見送ってくれた師匠の、淋しそうな目は今でも忘れられない。道場始
まって以来の逸材だと、さんざん目をかけてもらっただけに、俺も後ろ髪を引かれる思い
だった。けれど、俺は剣の道よりアイナを選んだのだ。そのことに後悔は無い。
 ……ん? なんで俺まで戦士になる必要があったのかって? 結婚するってことはエッ
チするってことだぜ? 戦士のテクニックは普通の人間じゃ相手にならないんだ。
 「私はいいの。リッちゃんのテクニックじゃ感じないから。私がしてあげるよ♪」
 「リッちゃんじゃ私のテクニックには我慢できないよ。ほら、出して♪」
 なんて言われたら…… 俺は、俺は耐えられんっ!愛する女を優しく可愛がってやりた
いと思うのが男ってもんだろ? 違うか!?


 「リッちゃん、名前みつかったの? 誰と試合するの?」


 アイナが俺の背中に飛び乗るようにして、耳元に口を寄せてきた。背はあまりのびなか
ったが、洗濯板とさんざんからかった胸はおどろくほど大きくなった。スパーのときに何
度か俺をKOしたことさえある凶器が、俺の背中に押し付けられる。昔から今に俺の意識
を引き戻すのに、十分過ぎる威力だった。


 「うるせーな。今探してるんだよ」


 アイナを背中にはっつけたまま、対戦表をひとつひとつ見ていく。周りの冷やかし笑い
が聞こえたが、もう今さら気にしない。


 『リッツ』


 俺の名前があった。その隣に並ぶ文字は……


 『ユリア』

 ……。目の前が一瞬、真っ暗になった。


 「どうしたの? リッちゃん」


 アイナの声で、視界がクリアになる。深呼吸して、もう一度掲示板を見た。


 『ユリア』


 文字は変わらなかった。気が付いた何人かが、俺に哀れみの視線を向けていた。俺は半
ば放心状態で、教室の壁にもたれて人だかりが空くのを待っている少女に視線を向けた。
 長く美しい黒髪。白く艶やかな肌。長い手足。豊かな胸。くびれた腰。3年間、スパー
で一度も敗北したことの無い、稀代の天才少女は今日もクールだった。


 人波が引いた教室で、俺は呆然と席に座っていた。最悪の相手だ。いや、最悪の事態は
俺とアイナが当たり、絶対に二人揃っての卒業ができなくなることだったので、それに比
べればまだマシと言えるか。
 しかしなぁ…何度かユリアとスパーしたことを思い出す。彼女はいつも無表情で無口だ
った。機械仕掛けの人形のように礼をして、ゴングが鳴ったら…。一分とタっていられた
ことはなかった。抱きつかれただけで、きめ細かい肌が信じられないような快感をもたら
した。押し付けられた巨乳が下へと滑り降りると、頭の中が真っ白になって腰が砕けた。


 「リッちゃん……」


 さっきからアイナが俺の周りをちょろちょろしながら、何度か声をかけてきているのだ
が、俺はどう返事をすればいいのか分からず、さっきからずっとこの調子である。


 「リッツさん」


 不毛な放課後に終止符を打ったのは、廊下からかけられた声だった。


 「あ、ユリアちゃん」


 アイナの返事に、俺は思わず振りかえった。教室のドアのところに、さっきまで回想の
中で俺を蹂躙していた少女がいた。


 「リッツさん」

 ユリアはもう一度俺の名前を呼んだ。まるで『私が呼んだのは貴女ではなくてよ』と言
わんばかりの態度に思えた。

 「お、おう」

 3年間クラスメートだったが、話しかけられたのはこれが初めてだった。俺はいささか
気の抜けた返事をした。

 「少し、つきあっていただけます?」
 「お、おう」

 俺はまた気の抜けた返事をした。ユリアはさっさと身を翻して廊下を歩き始めた。俺は
しばらく呆然としていたが、慌てて彼女の後を追った。


 「リッちゃん、待ってようか?」


 後ろからアリナの声が聞こえる。心なしか不安気だった。


 「先帰ってろ」


 なぜそう答えてしまったのかは、分からない。


 ユリアは誰もいない対練場で足を止め、俺に背中を向けたまま言った。


 「卒検、わたくしとですね」
 「あ、ああ」


 俺がまだ気の抜けた返事しか返せないでいると、ユリアは振り向きながら対練場のダブ
ルベッドに腰かけて、


 「正式に仕合うのは、3年ぶりになりますね」


 にこ、と笑ってそう言った。花の咲いたような笑顔、と言うのはこういうのをいうのだ
ろう。明らかに含みが有る笑顔なのに、俺はそう思った。


 「3年ぶり…?」


 「憶えていらっしゃいませんか? そうでしょうね。リッツさんが気にしていたのは客
席の女の子でしたものね。貴方の優勝が決まった瞬間、本当に嬉しそうに駆けて来て、貴
方ははにかみながら彼女を抱きとめて……敗者のことなんて見ようともしなかった」


「あっ!!」


 その瞬間、俺は思い出した。3年前、まだ俺が剣士を志していたころの話だ。王国剣術
大会少年の部の決勝で会ったのは、黒髪を短く揃えた女の子だった。その子は大会で戦っ
た誰よりも強かったが、大人に混じって練習しながら、師匠からの個人指導まで受けてい
た俺の相手にはならなかった。女の子に打ち込むのはポリシーに反するので、俺は彼女が
ギブアップするまで何度も何度も寸止めを繰り返した。
 100合ほど打ち合って、彼女はギブアップを宣言した。俯いてリングを去るその子の
足元に、雫が一滴落ちた……ような気がする。
 その後飛びついて来たアイナを振り払うのに必死だったからだ。そう、抱きとめたんじ
ゃない。ただ、俺は女の子に手荒なことをしないのがポリシーで……


 「あれほどの屈辱は、初めてでしたわ」


 ユリアの、情念の篭った一声が、アイナとの記憶から彼女の前に呼び戻した。


 「大勢の観客の前で、手加減されて嬲られて…… おかげで、剣の道を捨てる覚悟を決
めることができたのですけど」


 ユリアはベッドから立ちあがると、笑顔のままゆっくりと俺に近づいてきた。
俺は動けなかった。ユリアの白く細い手が俺の顎にかかる。俺のほうが頭一つ背が高いの
に、見下ろされているような気分だった。
 ユリアが顎を押して俺を俯かせる。俺の視線がユリアの胸元に落ちた。90センチを裕
に越えるのにわずかな形崩れも無い乳房が作る谷間は、信じられないほど美しかった。
 ユリアのもう片方の手が、俺の股間を撫で上げた。


 「うっ!?」


 ……信じられないことが起きた。


 「復讐、しますね」


 ユリアが俺の耳に唇を近づけた。


 「大勢の観客の前で、手加減して嬲って…… 戦士の道を捨てさせて差し上げます」


 耳たぶを噛む様にしながら囁くと、ユリアは俺の脇をすり抜けて、対練場を出ていった。
俺は身動きも出来ず、立ち尽くしていた。
 ズボンの前が、じっとりと冷たくなっていた。

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