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乳魔(7)

「あーあ、やっぱり小指一本でイっちゃうんですねー」

耳元で嘲笑が響く。
朝の小鳥の囀りのような可愛らしく澄んだ声で、淫らに甘く。
コールはスティア……乳魔スティアの胸に背中を預けて脱力した。
自分の亀頭をくすぐる、少女の白く細い小指を、呆然と、陶然と見つめている。

「くす… だらしないの。何回も抜いてあげてるのにー。溜めすぎた童貞くんみたい」

コールの先端を優しく引っかいている、滑らかに鋭く整えられた綺麗な爪の先。
朦朧とした視界の中でも、見間違いようもないほどに小指一本だった。
それが風にそよぐようにゆらめくだけで、

ぴゅっ……

白い雫が宙に舞う。
すでに濃度を失ったそれは、儚くそよ風に吹き散らされた。


「あーあ、お兄さんたら。恥かしくないんですか? 淫魔ハンターなんでしょ?」

少女がわざとらしく溜息をつく。

「淫魔ハンターって、淫魔を狩るためにいるんですよね? 淫魔から人間を守るために、一生懸命えっちの練習してきたんですよね?」

少女が指先を鈴口に送り込む。
身動ぎした少女の乳房が、コールの背中で形を変えた。

びゅうっ!

濡れた青草の上に、一条の薄紅色が伸びた。

「ぃっぃぃぁ…」

かすれた声を出しながら足をつっぱらせるコールの、のけぞった顔を少女の悪戯な瞳が覗き込む。

「……それが、こんな下級淫魔のチビっ子にいいよーにされて、だらしないヨガり顔さらしちゃってるってゆーのは」

す、と少女の瞳が蔑みの形に細められた。
果たしてコールは、
何も言い返すこともなく、ただそんな少女の美しい冷貌に、呆けた顔で涎を垂らしながら見とれるだけだった。

「おにーさん的にどーなんですか? なんか思うとことかないんですか? ぶっちゃけ淫魔ハンターなんてこんなもんかーとか思われてるワケですがそれでいーんですか? ねー。なんとか言ったらどーなんです?」

「ぁ… あぁ……」

「ん? 何か言い返したいことがあるんですか? それとも喘いでるだけなんですか。全然区別つきませんよ?」

コールは肺の空気を振り絞る。
喘ぎすぎてカラカラの咽に力を込めて、声帯を振るわせた。


「や… めない… で…」


「はい?」

きょとん、とスティアが目を丸くした。
コールが披露したいかなる性技も、彼女からこれほどの驚愕を引き出すことはできなかった。

「ゆ…び…」

かく、かく、と
コールの腰が、水揚げされた軟体動物のように踊る。
すっかり薄くなった精液をさらさらと滴らせる少女の指に向かって突き出すように。

「……………」

スティアはしばらく絶句していたが、

「……はぁ」

どさり。
コールの体を草の上に投げ出して、立ち上がった。

「あっ…」

コールが短い悲鳴を上げる。
草の上に大の字になって、力ない腰を諦め悪く揺らしながら。

「なんとゆーか。見下げ果てた淫魔ハンターさんですね。おにーさんは」

白眼で、スティアがコールを見下ろす。

「まー弱いのはしかたないかもですけどー。弱いなら弱いなりになんかこーあるんじゃないんですか? これでもけっこーそれなりに期待してたんですよ?」

「ひぃっ」

コールがスティアの視線に息を詰まらせる。
びくり、と腰の動きが止まった。

「それがこんなザマと来た日にゃー、あたしは火照った体のやり場がないどころか体が火照りさえしませんよ。どー責任とってくれるんですかまったく」

スティアが細長い足の爪先をひらめかせてコールの頭を小突く。
無論、コールは何の手向かいもできなかった。
すでに硬さを感じさせない、腫れたような勃起をひくつかせるだけ。

「……ゆーことなんにも無しですかこのヘタレチンポってば。あーあ」

ぺっ。

スティアがコールに向けて唾を吐き捨てた。

「ひぁ、あぁっ!?」

コールが身を切るような悲鳴を上げた。


びゅっ……


「……わ」

スティアが再び眼を丸くした。
放物線を描いた唾液が、コールの亀頭に着弾すると、
血の気の失せた肉棒が突如として跳ね回り、ガスを孕んだ腐肉のように亀頭が膨れ上がり、
裂けるように開いた鈴口から、赤く濁った塊が吐き出されたのである。

「ひ…ぐ…」

四肢を、舌を、ペニスを突き出し、熱病に冒されたかのように震えるコール。
草の上で、ひっくりかえされたまま数日放置された虫のようにもがくコールを、スティアは口をぽかーんと開けたまま見ていた。
そして

「……あは……あはははははは♪ あははははははっ!」

弾かれたように笑い出す。

コールが再び草の上で動かなくなるまでひとしきり笑ったあと、

「あはははは…… はぁ」

スティアはまた、深い溜息をついた。

「動かないし抵抗しないし、どこをどう責めてもすぐイっちゃうし…」

いらだたしげに、一人ごち始める。

「これじゃ呪縛されてる男と変わらないじゃないですか……つまんないー」

死んだように横たわる男を白眼で見下ろしつつ、

「あーあ、もうかたしちゃおっかな」

少女は吐き捨てるように呟いた。



びくり。



コールがその言葉に反応した。
身を起こそうとしてかなわず、草の上で痙攣する。

「あ… ひ…」

声にならない声をあげて、首を振るように頭を草の上で左右に転がしつつ、
コールは震える右手を空に差し出した。

見下ろす少女から、こぼれ落ちそうに揺れるその胸のふくらみに向かって。



あの乳房。
あの乳房に触れている間は何もかも忘れていられた。
敗北の哀しみも、罵倒の屈辱も、死の恐怖も。
…そして、スティアに… あの一夜の好敵手に二度と会えなくなる絶望さえも。

あの乳房。
あの乳房にさえ触れることができれば。
俺はまた忘れられる。
忘れて幸せな快感に浸っていられる。
再開の約束も空しく淫魔に搾り殺されるという、あんまりな現実を直視せずにいられる!

懸命に。すがるように。あまりにも懸命に。
もはや精気を失い、枯れ枝のように乾いた腕を乳魔の胸にのばす。
無論、身を起こさない限りは届くことなどありえない。
それでも。
執拗に。
そうしていれば、乳房の方から優しく迎えにきてくれると信じているかのように。

「あ… あぁ… お… おっぱ…ぃ…」

涙ながらに訴えるように、コールはスティアの…乳魔スティアの胸に手をのばした。



少女はまた、目を丸くしていた。
身をよじるようにして突き出された手を、くしゃくしゃに歪んだ顔を、まん丸な目で見つめていた。
そして、やがてその目は、
くすっ、と笑い。にこっ、と微笑み。

「…おにーさん♪」

少女は草の上にヒザを崩し、
男の頭を、そのふとももに抱き上げたのだった。

「だいじょーぶ。大丈夫です。冗談ですよ、おにーさんっ」

その髪を優しい手つきで梳くと、虚空を彷徨う震える手を取って、そっと自らの胸に導いた。

「ああ………♪」

蕩けるような声。
恐怖に歪んでいたコールの泣き顔が、安らかにほぐれていく。
その頬を撫でながら、スティアはコールに囁いた。

「乳魔はね、母性が強いんです。おにーさんみたいな可愛い子を殺しちゃったりなんてしないから、安心してください♪」

(ああ……)

言われるがままに、安心したコールの体から緊張が抜けていく。
死にもの狂いで支えていた体が草に沈む。
スティアはその少女らしい青いふとももで、沈みゆく柔らかくコールを受け止めると、力を失って落ちていく手を取って自らの乳房に触れさせた。
強く押し付けることなく、そっと撫でる様に。
乳房で男の手のひらを撫でる様に…

ひきつった喉を鳴らしていた、コールの呼吸が落ち着いていく。
その様子を、淫魔の少女は聖母のような微笑を浮かべたままみつめていた。
先ほど冷たい光を湛えて男を震え上がらせた瞳を細めて、先ほど鈴口に容赦なく捻じ込んだ指先で目蓋をなぞる。

呼吸にともなって、コールの心も落ち着いていった。

(オレは……)

冷えていく頭が思い返すのは、やはり先までの戦いのこと。

(オレは何をしていたんだ……)

自分を冷静に振り返る余裕が生まれていた。

(この戦いが始まる前、オレは何を考えていた?)

それは…スティアのこと。
これから戦うべき淫魔のことではなく、昨夜戦った女のこと。

その結果、眼前の敵の戦力を見誤った。
気がついた時には、決して受けてはいけないはずの必殺の一撃をやすやすと許して敗北していたのだ。

(次は……)

ついたはずの死闘の決着。
それを放棄した淫魔の舐めきった態度。
バカにされたと思った。そして敵を侮る程度の低能な淫魔だと思った。

(バカにしていたのは…)

オレだった。

彼女はいつでも必殺の武器で切り返せるように、油断無くオレを正常位に誘い込んでいた。
膣を突き荒らしたオレのペニスに動ぜず、その乳房をオレに押し付けて二度目の勝利を奪ったのだ。
その時、オレは… 乳魔の愚かな最後を夢想しせせら笑っていた。

(ああ……!!)

なんとオレは愚かだったのだろう。

次は不用意に相手の最大の武器に手を出した。それじゃ余程の実力差でもない限り、返り討ちにあって当然だ。

そして次は…もう思い出すのも恥かしい。
必勝を期して挑んだ後背位勝負。
彼女はまるっきりオレを見下したそぶりで、微笑みながらオレを迎え入れた。
オレは、乳しか能の無い下級淫魔に、今度こそ自分の力を思い知らせてやれると疑っていなかった。
見下していたのはオレの方。
結果、オレは彼女の反撃にあっさりパニックを起こし、ペースを握られたまま射精して果てた。
まるでド素人のような負け方を喫したのだ。

そして…心を折られた。
淫魔ハンターの誇りも、男としての誇りも忘れて
倒すべき敵に。唾棄すべき淫魔に。あれほど忌み嫌った乳房にすがろうとした。

思い返すと、胸は潰れ顔は火を吹く思いだった。



「…なぁ」

スティアのひざの上で、コールはいつの間にか喋れるほどに回復していた。

「はい?」

少女が微笑んでコールの顔を覗き込む。
小悪魔じみた嘲弄の笑顔の面影がだぶって、コールは軽い眩暈を覚えた。

「…お前は… 強いな…」

「あはー。どうもー♪」

似合うような似合わないような無邪気な照れ笑いを浮かべて、少女は賛辞を受けた。

「そして… オレは弱すぎた… ほんと、バカだったよ……」

「あは。気がついちゃった感じですね」

ぽんぽん、と少女に頭を叩かれる。
不快な気はもはやしなかった。

「…バカな男を弄ぶのは… 楽しかったか? それとも…つまらなかったか?」

優しい手つきに促されるままに言葉を紡ぐ。

「後者だったら… すまないな… オレがもう少し未熟でなければ… 淫魔ハンターとの戦いを楽しませてやれたろうに…」

「いーえぇ。楽しかったですよ?」

スティアは優しい笑みを崩さないまま、唇を指でなぞってコールの言葉を止めた。

「おにーさんの地力はビンビン伝わってましたしー。ちょっとでもカケヒキ間違ったらひとたまりもないなーって感じでバリバリ緊張感ありましたよ?」

「…ウソつけ。余裕だったクセに… 本当に怖いんだったらさっさと殺れる時に殺ってるはずだろ」

「あはは、本当に怖かったんですって。でも、わたし、上目指してますからー」

「…上?」

「はい。性欲のままに男を吸い殺すだけの、なんかどーぶつと大差ないっぽい生涯、イヤですもん」

はからずも、少女らしいきらきらと輝く目で、スティアは言った。

「やっぱ知性を持って生まれてきたからには、一国一城の主になって、自分が望む世界の創造を目ざしてしかるべきでしょー。
 ……そのためには」

スティアはにま〜♪ と三つ口で笑った。
もう小生意気には見えなかった。


「淫魔ハンターの一人や二人、指先一つで弄んでみせなきゃ、ですよ♪」


笑顔で小指を立ててみせる。
未だ先走りと精液にしとどに濡れて光る、コールを蹂躙したあの左手の小指を。

「…返す言葉も無いぜ…」

この少女は、本気だった。
本気で、手加減していた。
オレを舐め切るべく全力を尽くしていたのだ。

敵うはずが、なかった。



「……もう一度」

自然とその言葉が口を突いて出ていた。

「もう一度、勝負してくれないか」
「はい?」

スティアは小首をかしげた。

「んー…」

そして、人差し指を下唇に当てて、思案するそぶりを見せると、

「ちゃーんとわたしの名前を呼んでくれたらいーですよ?」

にまーと笑って、そう答えた。

「………」
「忘れてませんよね? あんなに必死になって呼んでくれましたもんね?」

聖母の微笑みがようやく崩れる。
小悪魔に戻って、少女は言う。

「………」

昨夜の女の面影が、脳裏に蘇る。
はにかんだあの不器用な笑顔は、目の前の淫魔とは似ても似つかない。

頭を支える、細っこい生っ白いフトモモも、
あのヒップとともにムッチリとしたラインを形成していた、熟した果実には程遠い。

縁も縁も無い、似ても似つかぬ他人の名前を奪うなど、
淫魔ハンターの名を、淫魔が奪うことなど、
それを淫魔ハンターが認めるなど、
そんな冒涜的なことが、許されるはずが。

「…もう一度勝負してくれ、スティア」

揺れるたわわなふくらみに呼び起こされた疼きが、昨夜の熱い感触とダブった瞬間、コールはそう言っていた。

「はーい♪ うふふ、おにーさんが勝ったら、ごほーびあげちゃいますねっ」

その言葉がどこか矛盾を孕んでいると、コールが気付くころには、
淫魔スティアはコールを抱き起こし、その前に薄い尻を向けて四つんばいになっていた。
気の向くままに続く。お付き合いくださる方には感謝。

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