「5・4・3・2」
協会の入り口の前、ルーティは腕時計に視線を落としてカウントを唱える。
「どわぁ!!ストップストップ!!」
ルーティが0を言い切る寸前で間に合ったスタンがそれを止める。
「残念、0.05秒遅刻よ。」
「お前の時計…そこまで正確には計れないだろ…それに、」
息を切らしながら言いつつ空を指差す。その瞬間、
ゴーン…ゴーン…
大きな鐘の音が街中に響き渡る。この街のシンボルである大時計台の正午を示
す鐘だ。
「今がちょうど正午だ。」
息を整えながら胸を張って言い切るスタンをジト目でにらみ、ため息をつく。
「…わかったわよ。おごりは勘弁してあげる。」
そう言うとスタンの腕に自分の腕を組み入れる。しかしスタンからする違和感
の匂いにすぐに離れた。
「あんた…なんか甘い香水の匂いがするわよ?」
訝しげにスタンをじろじろと見る。どう考えてもスタンの体からする香水の匂
いは女物だからだ。
「あぁ、待っている間外に出てたからな。」
スタンは街の外での出来事を簡単に説明した。説明している間ルーティはスタ
ンをジト目で見っぱなしだった。
「あんたねぇ…仮にもデートの前に淫魔にしろ他の女とエッチしてくるか?」
あきれて頭の抱えてしまう。デリカシーがなさすぎである。
「まあいいわ。けどこれは私だから許してあげてんのよ?他の女の子にこんな
ことしたらあんた蛸殴りじゃすまないんだから。」
ため息をつきながらそう言うと再度腕を組み2人は歩き出した。
食事は朝も行った食堂だった。スタンは入るのを一瞬躊躇したがルーティに
強引に引っ張っていかれた。ウェイトレスの刺さるような冷たい視線が痛い。
そんなことにまったく気付かないルーティは居心地が悪そうな顔をするスタン
に逆ギレする始末。まったくもってスタンには散々な昼食だった。食事を終え
て街の残りを案内し終わったら時間はまだ昼過ぎだった。
「せっかくの半休なのに悪かったな。」
ベンチに座ってバニラとストロベリーの2段重ねのアイスを手渡す。先程のお詫
びを含めたスタンのおごりである。
「サンキュ。いいよ、どうせ予定もなく退屈してたんだし。」
付属のスプーンを使わずに直接舌を出してアイスを舐める姿は妙に色っぽく、
逆に愛らしくも見える。
「この後どうする?マジでデートでもするか?」
半分冗談で言った言葉に驚いたルーティは思わず食べ始めたばかりのアイスを
落としてしまった。
「あ〜あ。もったいない…ほれ、好みじゃないかもしれんけどこっち食え。」
あきれた声を上げつつ自分の食べていたバニラ&チョコのアイスを手渡す。ル
ーティと違い、歯を立てて食べていたためチョコがもう半分なくなっている。
「けど、あんたの分…」
自分の不注意が招いた結果だとアイスを返そうとするがそれをスタンは苦笑し
ながら断った。
「俺のおごりなんだし気にすんなって。それともチョコ嫌いだったか?」
屈服のない笑顔で聞いてくるスタンに思わず首を振って答え、そのままチョコ
アイスを軽く舐める。
「あ…間接キス…」
舐めた後でルーティは思っていたことを口に出してしまい慌てて赤面する。
「ば…ばか!何言ってんだよ…」
訓練や模擬戦とは言えセックスまでしている仲だというのにこういうことにな
ると妙に気恥ずかしい。
「ほれ、今度は落とすなよ。」
少し顔を赤らめながらそれをごまかすようによそを向き、スタンは手を差し出
した。
「ん。」
それにルーティも少し赤らめながら、頷くと差し出された手をとりはたから見
れば恋人同士のように指を絡めた。
「で、どこ行く?」
密着するように体を寄せると、ルーティは尋ねた。
「どこ行くってもなぁ、お前には住み慣れた街なわけだし…ああそうだ、確か
マーリンの生家ってこの街にあったよな。」
かつての英雄。そして召喚術の始祖で淫魔を生み出す原因の魔術を作り出した
者。その生まれはこの街、ウョキウトだった。地元の人間にはあまり興味を示
されない場所でもある。
「そういえば私もこの街に住んでながら校外学習以外で行ったことなかったわ
ね。いきましょうか。」
デートには少し向かない場所かもしれない。行った所でこういう場所で食事を
取ったのか等の感想しかわかないだろう。しかし今のルーティはデート出来る
ならどこだっていいと思っていた。
案の定マーリンの生家はそう面白いものもなかった。破損や持ち出しは家内
に張られている結界によって不可能だが、実際に手に取り眺めることも出来る
ので、なんとなしにスタンたちは手にとっては他愛のないことを話していた。
「なあ、あれなんだと思う?」
スタンが指差した先にあったのは円と幾何学模様を組み合わせて作られたタペ
ストリーだった。
「ただのタペストリーじゃない?」
マーリンの母は機織士だったと言われている。タペストリーがかかっていても
おかしくはない。
「そうかなぁ…」
そう言いながらスタンがそれに手を触れると、まるでそれが水になったかのよ
うに腕を飲み込み、手を繋いでいたルーティともども中に吸い込んでいった。
−−−−−−−−−−−−−−−
「…タン!ちょっとスタン!」
強い揺さぶりとルーティの叫ぶような呼び声でスタンは目を覚ました。意識が
まだはっきりしていないが、ものすごく心配そうな顔をしているのがわかる。
「よかった…なかなか目を覚まさないから心配したわ。」
目を覚ましたスタンにルーティは安堵の息を吐いた。スタンも意識が覚醒して
いくに従って意識を失う前のことを徐々に思い出し、一気に目が覚ますと警戒
した表情であたりを見渡す。
「わりぃ。どれくらい気絶してた?」
特に怪しい気配がするわけではないが、瞬時に見知らぬ場所に移動させられた
ため警戒を解くことが出来ない。
「私が目を覚ましてから5分くらい…多分10分も立ってないと思うわよ。」
ルーティも周囲の気配を探りながら答える。良く見ればここは研究室のようで
ある。様々な資料が散乱している。
「大丈夫…みたいだ…えぇ!」
あたりに嫌な気配どころか生き物の気配がまったくしなかったので警戒を解き、
散乱した資料を見てスタンは驚きの声を上げた。
「どうしたのよ…」
ルーティも警戒を解き、スタンの手にある資料を覗き込み、絶句した。資料に
書かれている様々な生物の生態と召喚に必要な理論等…間違いなくここはまだ
発見されていないマーリンの召喚術研究室のようだ。
”この術が発動しているとするならば先の時代の何者かにココの存在が知れた
のだろう。”
その時突然声が聞こえ、瞬時に警戒を強めながらスタンとルーティは声のする
ほうに振り向いた。そこには1つの魔方陣から白髪の老人が浮かび上がっている。
それはスタンたちが育成学校の授業で習った写真にあった顔で紛れもなく白銀
の賢者マーリンだった。
「人の気配に反応して始動する術なのか?」
古代の術の技術に驚きの声を上げる。
「しっ!」
がまだ術の発動途中のためルーティは警戒しながらもスタンを黙らせる。
”この術自体が私の杞憂であると願いたい。今これを見ている者よ、汝らの時
代は私のときと変わらず平和であろうか?私がこの身を持って封印した召喚術
は復活していないだろうか?”
苦渋の表情を浮かべたままマーリンは尋ねる。
「マーリンは世界がこうなると予測してたみたいね。」
”あの術は危険だ。この世にあらざる物を生み出すため、生み出した物はこの
世の摂理から逸脱してしまう。老いることなく息続け、魔力が続く限り死ぬこ
とはない。もし召喚術が原因で世界が危機にさらされているとすれば、それは
私の責任だ。そのもしもに備えてこの術に召喚術の対抗策となるであろう知識
を残す。”
ルーティの言葉どおり、マーリンは後の世に召喚術が復活するのを予測してい
たようである。この術にその対抗策となるべく知識を残しているらしい。ただ
の戦士であるスタンやルーティが知っていい事柄ではないかもしれないが、数
百年前の古い術だ。次発動する保証はない。
”召喚物には必ず弱点がある。なぜなら1つでもこの世界との繋がりを持たなけ
ればこの世に存在できないからだ。しかしそれが絶対の弱点とは限らない。火
の摂理を持たせた召喚物が水に弱いかと言えばその水を蒸発させるだけの熱量
を持たせれば弱点ではなくなる理屈である。ならばどうするか。その方法は他
の摂理を擬似的にしろその召喚物に与える必要がある。”
難しそうな話に思わずスタンの口からあくびが出そうになる。
”単純に言えば召喚物に命を持たせる必要があるということだ。この世界の命
という節理がないために老いを迎えられない召喚物に命を与えればその命の摂
理に従って老いることも出来るようになるのだ。命があるのだから弱点以外の
方法でも相手の命を奪うことも出来るようになる。”
つまりは召喚されたものには命がない。命がないから淫魔には物理攻撃や直接
ダメージの魔術が通じない。しかし精液から魔力を摂取するという繋がりがあ
るからイカせれば倒すことが出来る。もし淫魔たちに命を与えることが出来れ
ばそれ以外の方法でも倒すことが出来るようになるということである。
”私はかの魔王との戦い後、弟子には極秘にその方法を模索した。そしてこの
術を作成している直前にそれは完成した。しかしこの術も1つ間違えば大変な事
態を引き起こす可能性がある。召喚物に命を与えるということは命を与えられ
た召喚物はこの世に存在する為の魔力消費を必要としなくなるのだ。弱点が増
える代わりに唯一の欠点を奪う事態を招く可能性がある。当然命を受けたもの
に生殖器がついているのであれば繁殖も可能となるだろう。もし命を与えた召
喚物の力が強大な場合、その召喚物は新たな魔王となり、この世を支配するか
もしれん。しかし私の生涯ではそれに対する対抗策までは生み出すことが出来
なかった。いや、もしかしたらそんなものは存在しないのかもしれぬ。欠点を
補充すれば新たな欠点が生まれてしまう。所詮人によって作り出された物は神
に与えられしものほどの完璧さは望めないのかもしれん…”
「ながながと…その術の欠点はわかったからとっととその術のありかを教えな
さいよ!」
中々的を得ないマーリンの言葉にルーティはかなりいらいらしているようだ。
”術は6つのオーブに分けて全世界にある私の研究所のここと同じ隠された研究
室に保管する。その1つはこの魔法陣の下にある。”
「オーブってこれのことか?」
話途中でスタンは魔法陣の中央にある無色透明で手のひらに収まるサイズの珠
を引き抜いた。
「あんた迂闊に!」
ルーティの注意も間に合わず、スタンが手に取った瞬間オーブは白く輝く。
「うぁ!!」
光とともにスタンの脳内に直接命の理論の1部が刻み込まれていく。光が収まる
とスタンの手の上でオーブは砕け散った。
「…やっちゃったよ…」
かなり長い年月かけられたままの魔術によくある結果である。発動を終えた瞬
間にそのまま役目を終えたように崩壊してしまう。
「オーブに入っていた知識を書く事出来る?」
6つに分けているとするとひょっとするとその知識がどの部分かもわからない。
恐らくは説明なんて出来ないと思うが、出来なければすべてのオーブをスタン
が集めなくてはならなくなる。
「書けって…漠然としすぎて説明できねぇよ…」
案の定スタンは知識として得ているが説明は出来ないようである。
「…あんたがそのオーブを外しちゃったせいで魔法陣のほうも動かなくなった
しこのオーブが割れたなんてことがばれたら重罪人なっちゃうわ。」
ルーティの言葉に思わずかえるのつぶれたような声をスタンは上げてしまった。
「幸いここの存在を知ってるのは私たちだけよ。こうなっちゃったら私たちで
全部のオーブを集めきるしかないわね。」
ため息をつきながら、しかし嬉しそうにルーティは続けた。
「けど俺魔術なんて一切使えないぜ?全部集めたところで使えねえかもしれな
いじゃねえか。」
一方のスタンはことの重大さに気付いて顔が引きつっている。魔力はすべての
人間が持っている。しかし魔術を扱えるのは一部の素質を持った人間だけであ
る。
「賢者様の術だしきっと何とかなるわよ!」
根拠のない宣言にしかしスタンは疑いのまなざしを向ける。
「絶対か?召喚術を扱える人間はこの世に2人しか現れなかったんだぜ?」
スタンの言葉に思わずルーティは言葉を詰まらせた。
「たぶん…。ま、まぁ駄目だとしても術の知識がそろえばあんたも魔力がある
んだから何かに応用して発動できるかもしれないじゃない。あは、あはは…」
から笑いをあげながらルーティにはこう言うしかなかった。オーブの内容を説
明できない以上スタンが集めきる以外もう術を完成させる方法はないのだ。
「…他に方法もないしなぁ…」
スタンはうなだれるしかなかった。
「と…とりあえずここから出て私の部屋に帰りましょ?話はそこからよ。」
ここに入ってからずいぶん時間がたっている。管理者に不振がられる可能性が
ある。2人は入ったときと同じくタペストリーに手を触れ、元の場所へと戻って
いった。
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