ミリーナ・アレアは、とある街の大富豪の家に生まれた。貿易商の父、大女優の母、有名大学に通う長男の兄を持ち、ミリーナもまた違わずエリートコースといわれる人生の道を歩むこととなった。もちろん、生まれもっての天才肌と美貌を兼ね備えていたために、何の苦労もなく高校卒業までを迎えることとなった。
彼女にアプローチする者は少なくなかった。大学生になった彼女は、スレンダーで背が高く、金色の縦巻き毛を持ち、そしてなにより男達を惹きつけたのはその豊満な胸と尻であった。歩くたびにブラジャーをしていても揺れるほどの胸、ぴったりとフィットしているズボンが窮屈にすら感じられるような尻は、否が応でも目におさめずにはいられなかった。
だが、ミリーナには二つの要因のせいで、未だに満足のいく相手が見つかっていない。
一つはその性格で、古風なお嬢様気質なのである。とにかく傲慢で、高飛車で、意地っ張りで意地悪く、手を口元に添えての「おーっほっほっほ!」という高笑いは、昼時の騒がしい学園内の至る所に響くほどであった。女性受けなど良いはずもなく、また「この声がうるさい」と寄りつかない男もいた。
もう一つは、彼女の体だった。とりわけセックスに関して、いまだに挿入すら至っていない。ミリーナをいざ抱こうとする男達全員が、その胸や秘部を愛撫しているうちに達してしまうのである。
ミリーナ自身、何故なのかは分からない。当人の男達曰く「ミリーナの体に触れていると、不思議とこっちまで気持ちよくなってくるんだ」そうである。もちろん彼らは男としての面目丸つぶれで、彼女の前から去っていった。
そんなわけで、ミリーナは退屈と欲求不満な日々を過ごしていた。特に後者が強くて、今までに泣かせた男は数知れないのに、誰一人として鳴かしてくれた男がいなかったことに不満を感じていた。セックスはむしろ好きで、その方面では割とオープンなミリーナにとって、愛撫ですら感じないことは何よりの苦痛であり悩みであった。一番の相手は自分の指で、これも次第にマンネリになっていくのは、言うまでもない。
まさか、自分の父親や兄を試すわけにもいかない、とミリーナは思い切って娼婦となった。今まで学園という枠の中で限られた男と接してきたが、体を外で売ることで、いつかは自分を満足させてくれる相手が現れるだろうと信じていたからだ。
以前から彼女の噂は広まっていて、誰にも感じさせてもらっていない体を自慢する、その傲慢さが逆に客を呼び寄せるようになった。
だが、そんな男はいっこうに現れることはなかった。AV界でも性豪とうたわれていた男優でさえ、乳首が若干立ってきたかな程度でしかなかった。
ミリーナの不満が最高潮に達してきたある夜、一人の男が客待ちしている彼女の前に現れた。
「あんたかね。ミリーナというのは」
すでに耳にたこができるくらいに聞き飽きた台詞を吐く男に、そっぽを向いていたミリーナは顔を向けた。
「……!」
ひげを生やした、年齢は四十代くらいだろうか。冬が近いのに二の腕までしか袖のない麻の服に、もう膝がすり切れかけた麻のズボン、よれよれのくたくたな外套という出で立ちをした男を見た瞬間、ミリーナの心と頭に何かが走った。
少し固まっているミリーナに、男は再度尋ねた。
「ミリーナという娼婦は、あんたかね?」
「え……ええ、そうですわ」
ようやく答えることのできたミリーナはいつもの調子に戻った。
「普段はいくらで抱かせているんだ?」
「最高で四百、最低でも二百ドルは下らなかった……と思いますわ。なにしろ男の人って、せっかちなんですもの」
事実、ミリーナはいちいち男が支払う金額には目もくれていなかった。そうでなくても、男達は高めの金額を払ってきていた。
「ここに三百ある。充分かな?」
「もちろんですわ。もっとも、私に金額なんて関係ないですけれどもね」
「ああ、それなら噂に聞いている。なんでも、ちゃんと男が抱けないくらいの体だとか」
「ええ。私も分からないのですけど…ちょっと普通と違う体質だからって、セックスすらまともにできないなんて、最低ですわ」
縦巻き毛の金髪をわざと大きくかきあげるミリーナの仕草を、男は特に不快になることなく続けた。
「ここで立ち話だけで、三百ドルか?」
「まさか。こちらですわ」
ミリーナはこの時、男の冷静さというか、今までの男のようにがっついてくるわけでもなく、淡々と話すことが好きになれなかった。
(ふん…どうせこの男も大したことありませんわね)
ミリーナが男と寝る時に使う部屋は、街はずれの小さな村にある、誰も使うことのなくなった雑居ビルの一室で、少し肌寒かったが暖房はなかった。
ミリーナが先に風呂に入り、男が後に入る。その間、ミリーナは男の脱いだ外套をまさぐった。先払いの三百ドルは手に入れたのだが、他に何かないものか。興味本位でこうしたのはこれが初めてだった。
やがて、一枚の硬い紙切れをつかむと取り出して見る。
「…地下闘技場…グランバーレル…?」
聞いたことのない建物の名前と住所が、そこに書かれていた。首をかしげるミリーナは、風呂場から物音が聞こえるとすぐさましまって、ベッドに戻った。
男は腰にタオルを巻いた姿でベッドに歩み寄り乗った。
「カモーンプリーズ♪」
「ああ」
ミリーナの上に男は覆い被さる。左手で自分の体を支えつつ、右手を彼女の豊満な胸にのばした。
(お手並み拝見しますわよ…)
心の中でにやつくミリーナは、手が胸に触れ、揉んだ時に体に何かが走った気がした。
「んっ……」
ピリピリと、小さく微弱ではあるが、いつものような「ただ揉まれている」だけとは違う感覚が、彼女の体に伝わって、自然とミリーナは身じろいだ。
(…え?)
一番驚いたのは本人だった。
(今私…)
手はさらに胸をゆっくりと揉み続ける。
「ん、ふ…」
さっきの感覚がまた伝わってくる。
(私、今…)
いつもと、今までの男達との愛撫とは違う愛撫に戸惑うミリーナをよそに、男は丹念に、重力でつぶれかけている胸を揉みしだく。
「はっ…あん…」
ミリーナは男の下で、徐々になまめかしく体をくねらせるようになってきた。
(これって…これって…)
胸から伝わってくる刺激が途絶えたのを、ミリーナが訝しんでいると、
「んぅ……!」
今度は下腹部から、ビリビリと胸の時より強い刺激が襲ってきた。男が指の腹で秘部をなぞったのだ。
先ほど男の指を見たが、なんということはない。ただの少し皮の厚いごつめの手だったのをミリーナは覚えている。だが今その手から生える指は、普通とは違っていた。
「はぁ、あん…」
「感じてきたな」
それまで無言だった男が口を開いたのに、ミリーナは「え?」と聞き返す。
「濡れてきているぞ」
「う、嘘…」
だが、自分の体に起こっていることは自分が一番知っているもの。確かに秘部からは透明な液体がしみ出ていた。
「こ、これは…当然のことですわ!誰だってこんなことされたら、女はこうなりますもの!」
ミリーナの娼婦としての売りの一つに、相手に対して挑発的な態度を取って燃えさせることがある。だがこの時の彼女は、それがとても弱々しかった。
「ほう…今まで感じたことすらなかった女が、言う言葉とは思えないな」
「何…んはっ!」
今まで他人に触れさせたことのない秘部への愛撫だけにとどまらず、クリトリスを指で押されると、ミリーナの体が一段と大きく跳ねた。
「初めて、だな」
ミリーナはドキリとした。まだここまでしかしていないのに…。
「そ、そんなこ」
「なら、挿れてみるまでだ」
男はそう言って、腰に巻いていたタオルをはぎ取る。そこには大きくはあるがまるで勃っていないペニスがぶらさがっていた。
「な…何よそれ。インポなのかしら?」
ミリーナはしたり顔でからかうが、男にとってそれはただの話言葉でしかなかった。
「まだ何もされていないのに、興奮する男がどこにいる」
「まだ何もって…」
今までの愛撫はなんだったのか…そう問いたかったミリーナに、次なる刺激が訪れた。男が、そのうなだれたペニスの皮の剥けた先端を、秘部に押し当てたのだ。
「っ!?」
ミリーナはこのとき、不思議な感覚に襲われた。
金色の滴が透明な湖に落ち、金色の波紋を広げていくような……そんな感覚だった。
「軽くイったな」
男の独り言のような言葉に、ミリーナは我に返る。
「な、なんでイったなんて…第一こんなのでイけるわけ…!」
「そう、普通だったらイけない」
男は独り言を続けるように答えると、ペニスを秘部の中に侵入させていった。
「はぅぅ!!」
ミリーナの体が弓状に大きくしなる。見た目はまるで勃起していなかったペニスが、入った途端まるで鉄の棒のように硬く感じられたからだ。
ようよう体を起こして覗くと、ペニスはやはり勃っていなかった。
「こ、ここ、ここ……」
「力を抜け。いくぞ」
男の言葉に、反射的に体の力を抜いてしまった次の瞬間−−
「は、はううううぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっぅうっ…!!!」
ミリーナは甲高く叫んで大きく目を見開いた。
それは、初めての証が破れたからではない。とてつもなく巨大な快楽という波が、大津波となって襲いかかってきたのだった。
一瞬にして痙攣すら通り越し、放心状態となるまでの大きな絶頂を味わったミリーナが次に目にしたのは、すでに着替えをしている男の姿だった。
「ちょ、ちょっと…」
追いかけようと体を動かそうとすると、力がまったく入らずにベッドに伏せた。
「あれだけイって動けるとはな…その体質、もしかしたらただ偶然に特異として生まれ出たものではないかもな」
「ど、どういう……」
訳の分からないミリーナの顔の傍に、男は外套から紙切れを放った。男が風呂に入っている間、ミリーナが盗み見た紙だった。
「もしお前にその気があるなら…そこに行け。俺もそこによくいるからな」
これが、ミリーナにとっての初体験であり、これから始まろうとする物語の序章である。
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