闇
すべてが闇に包まれし場所
その場所に、一つの影があった
「淫魔という歯車…それが人類を狂わせてしまった」
影は、ゆっくりと、確認するように語る、誰にでもなく
「人類は死に逝き、淫魔同士が争う時代…これを地獄と言わずになんと言おう」
影は、ゆっくりと歩き出す
「そして、今でも抵抗する人…絆…美しいものだ」
影は両手を広げる
「だから僕がせめて楽に滅ぼしてあげよう」
「っ!!」
僕は唐突に意識が覚醒し、飛び起きた
背景は僕がレジスタンスの寮で使っている一室…僕はベットの上…
「ゆ、め……」
自覚するように呟く
嫌な夢だった、まるで全てが暗黒に包まれるような…
(あそこで、喋ってた人…あれは、何だ?)
よく覚えていないが、誰かがいた気がする…
「スーク、いるか?」
ドアをノックする音、現実に引き戻される
「先輩?」
「ああ、悪いが出頭所まで来てもらえるか、任務だ」
「わかりました」
僕は防護服に着替え、部屋を出た
出頭所へと続く廊下、僕の隣にはラムト先輩が並んでいる
ふと、先輩が口を開く
「今回の任務…我が本部の勢力の8割を費やすと言われている」
「!」
元々うちの男と女の比率は6:4だ
そのうちの8割…つまり女性の2割も今回の戦闘に出撃するってことか
かなり大規模な作戦なのは間違いなさそうだ
「この作戦が上手くいけば、手淫魔の奴らを壊滅させれるかもしれない」
「ほ、ホントですか!?」
「ああ」
その言葉には驚きを隠せなかった
手淫魔とは以前電波塔でも戦ったが、他の4勢力に比べれば少し規模が小さい
だから一番倒しやすい相手ともいえる…が
情報部によれば、僕が戦った上級淫魔チロ、そしてそれを統括する“極淫魔”もいるらしい
極淫魔、それはそれぞれの勢力の頂点に達する淫魔
従って5匹いるわけだが、そのいずれも強力な力をかね揃えている、と言われている
噂程度の情報しかないのは、あまりに極淫魔に対する報告が少ないからである
よって影程度の情報しか情報部も掴めないとか…
とにかく、今回の任務は気をひきしめないといけない
「来たな、スーク、ラムト」
出頭所には僕と先輩、そしてカーリッジ隊長の三人しかいない
他の人たちは既に出撃準備にかかっているようだ
今回の総隊長はサバウト隊長…以前の増援の時のリーダーでもあった人だ
「さっそくだが、今回の任務の説明をしようか…」
言いながら、隊長は地図を真ん中に置いてある机の上へ広げる
「今回の任務は、一言で言ってしまえば淫魔同士の争いへの介入となる」
「!」
僕は思わず生唾を飲んだ
淫魔同士の争いに人間が介入することはAAA(トリプルエー)レベルの危険となっている
元々エッチによる戦闘能力は人間より淫魔の方が遥かに高い
ましてや二勢力以上の中にまぎれこむことになれば、自殺志願者と間違われても仕方ない
「情報部が入手した情報によれば…ここから南の大陸を越えた位置にある山、エストイル山に手淫魔の本拠地がある」
「……………」
その情報は知っていた、だがあまりに離れすぎていて救援を呼びにくいのと、地形上の不利で今まで攻めるのをあぐねていたのだ
しかもそれ以前に、こっちが圧倒的戦力不足だ
「今回、手淫魔勢は北西に進軍し、口淫魔に攻撃をしようとしている」
「北西…?」
「そう、北西のクラウ湖に囲まれた島…イージス島こそが口淫魔の本拠地だからだ」
「…………」
口淫魔と手淫魔の争い
潰しあってくれれば人間としてはかなり都合が良い
だが、どちらかが勝てば、そっちの戦力に吸収されてしまう
その事態だけは避けなければならない
淫魔が協力しあう前に、各個撃破が最善なのだ
さもなくば間違いなく人類は滅ぼされてしまうだろう
「今回の作戦…それは進撃中の手淫魔に奇襲攻撃を仕掛けることだ」
「奇襲………」
思わず声に出して繰り返す、カーリッジ隊長は軽く頷くと
「今回の手淫魔の軍はほぼ総攻撃らしい、噂の“極淫魔”も出ているらしいな」
「極淫魔…ですか」
先輩が戦慄するかのように呟く
いくら歴戦の勇士である先輩と言えども、極淫魔の存在はやはり恐怖するものなのだろう
ましてやまだ1回しか実戦に出ていない僕など、ひとたまりもないことは容易に想像がつく
「もちろん無理はするな、極淫魔と遭遇した時は必ず逃げるんだ」
カーリッジ隊長はそう言うが、極淫魔相手に逃げきれるとは思えない
まさに今回の作戦は、一種の賭け、というわけか…
「作戦は明日の明朝0600を持ってスタートする、心しておけ」
「スーク」
出頭所で任務の確認をした後、僕は一人廊下を歩いていた時に、声をかけられる
それは見慣れた僕の彼女だった
「アキ…か」
「今回の作戦、スーク出るんでしょ?」
「ああ、随分と大掛かりな作戦だな…」
「私も出撃するの」
「! そう、か……」
アキも何度か出撃経験はあるが、後方支援が主だった
今回は任務内容からしても実戦になる可能性も高い
「アキ…死ぬなよ」
「それはこっちの台詞だよ」
得意げに微笑むアキ、その姿を見てると少しは安心できた
と、アキは僕の腕に自分の腕を絡ませ、寄り添ってくる
「……約束、守らないといけないしね…」
「…わかってるよ」
「テオナ様、報告です」
「お疲れ様です、チロ」
進軍中の手淫魔部隊、今回の戦いで戦力の9割を投入した
今回の戦いで負ければ、恐らくこれ以降の戦いで生き抜くのは厳しいだろう
手淫魔の極淫魔…テオナはそれを実感していた
「順調に進軍中、この調子ならば今日1200までには到着できるでしょう」
「今の時間は0700ですか、あと5時間と行ったところですね」
テオナは進軍の軍勢の中でも一番後ろの馬車の中にいた
今回、こっちの軍は50…向こうの口淫魔軍は70と予想されている
数だけでは圧倒的に不利ではある
だがテオナには秘策があった
幸いなことにまだ口淫魔軍にこっちの動きを悟られた様子はない
ならば、クラウ湖から散開し回り込み、各個撃破し追い詰めれば突破口がある
今回の作戦のキーはそこだ
「……ですが、不安要素もありますね」
「?」
「人間達の動きです、今回の作戦で何もしてこないとは私にはとても思えない」
「今のところ人間は静観に徹しているようです、気にせずともよいのでは?」
(だけど、人間は私達淫魔以上に知恵がある…油断はできないわ)
手淫魔軍は、順調に進行中ではあった
「今回の人員は40、うち30が男、10が女だ」
「4人1組の小隊に分け全10チーム、1チームに1人女がいるという寸法だな」
「よし、作戦準備は完了した…後は手淫魔達がここに来るのを待つだけだ」
無線から、仲間達の声を聞きながら、僕は静かに待っていた
クラウ湖に行くには、この山岳地帯を通らなければならない…
切り立った岩山が二列に伸び、その間の谷を進むこのルート
ここなら相手が逃げることはまず不可能、挟み撃ちにできるということだ
僕のチームは小隊08…僕、先輩、僕はあまり顔を合わせたことがないが先輩の友達というロイラスさん」
そして…
「敵、来た?」
「いや、まだ…」
僕に聞いてくるこの小隊唯一の女性隊員、アキ
この4人のメンバーだ
「今回の作戦で通常淫魔はあらかた片付けたいところだな」
「ああ、だが油断は出来ない…今までの偵察級の任務とは違うぞ」
ロイラスさんの言葉に先輩が返す
小隊はそれぞれ淫魔が通ると思われる谷を挟む二つの山脈に潜伏していた
「…それにしても、ここまでスムーズに行くとはな」
先輩の言葉にロイラスさんが笑って返す
「運がいいってことだよ」
「そうだといいが……」
先輩の何処となく不安な声に、僕は少なからず同意していた
今回の作戦、手、口、どちらの淫魔にもここまで気づかれずに上手くいくとは思わなかった
それが逆に不安を煽る…
「……来た!」
無線から連絡が入る、淫魔が来た時一番最初に発見できるであろう小隊01からだ
「いいか、今から俺達が合図する…皆一斉に行くぞ、女性隊員は後方援護だ」
「了解」
無線の連絡に返信を入れ、僕は作戦の開始を待つ
「……あれか」
肉眼でも確認できた、多数の影が谷を進軍している
先輩が確認するかのように呟く
戦いの時はすぐそこだ…
そしてその時は唐突に来た
「行くぞ!!」
01小隊の合図、僕たちは一斉に山を降りていく
淫魔達は突然の奇襲に戸惑っている様子がある、チャンスだ
だが、僕は背後から来る異変に気づかなかった
「捕まえたぞ…」
「!?」
突如、背後から何者かに抱きつかれ、為す術なく下り坂をゴロゴロ共に転がっていく
「おい、スーク!?」
「スーク!!」
先輩とアキの声が聞こえる
「大丈夫だ、行って!」
僕は可能な限りの大声を上げ先輩とアキに先に行くよう言う
運よくみんなの進軍ルートからは外れたところに転がったみたいだ、これなら他の仲間に支障はない
先輩とアキが行ったのを確認した後、僕は突然攻撃してきた影を見る
「コイツ…淫魔なのか!?」
「男…男ぉぉぉおおお!!」
凄まじい咆哮をあげながら、再び抱きついてくる淫魔
「くっ…!」
だがようやくわかった、金髪のロングヘアーの女体
そしてこの殺気感、間違いなく淫魔だ
だが、何故気づかれた!?
抱きつかれ押し倒されそうになるのをなんとかこらえる
そしてどちらも立ったまま力比べという状態になり、異変が起こる
ジュウウウウウ…と何かが溶けていくような音
「うっ!?」
見ると、淫魔の両乳首から、何か白い液のようなものが僕の防護服にかかっている
そしてかかったところから、防護服が溶けていっている!?
「はな……せっ!」
なんとか振りほどき、再び仕切りなおす
淫魔の方も一度離れる
そして淫魔をよく見ると、通常の淫魔より異常に胸が豊満だ
しかもさっきの僕の防護服を溶かした液…あれはまさか、母乳か?
ということはコイツは手淫魔でも口淫魔でもない…
「乳淫魔が、何故こんなところに……!?」
続く
Please don't use this texts&images without permission of 一.