此処へ来て何時間が過ぎたのだろう。
与えられた部屋に灯りは灯っておらず、申し訳程度に外界望める高峻な格子から射し込む月の光りだけが自分を照らしている。
「…はぁ……お腹…空いた…」
時計の秒針の音すら聞こえてこない真っ白く無機質な部屋の中、ぺたりとアヒルが座るような態勢で井上織姫は瞼を閉じて小さく溜息を吐き、橙掛かる栗色の髪をサラサラと頬に伝わらせ項垂れた。
自らの意志で脚を進めたとはいえ、やはり心寂しいのは拭えぬ事実。
「乱菊さんも冬獅郎くんもちゃんとご飯食べられてるかなぁ…書き置きしてもやっぱり心配だよ…ゴミも溜まったらゴミ屋敷になってテレビ来ちゃうし。
ご近所有名人なら『後ろこぎで買い物へ行く女子高生!』とか『わんこうどん日本一!』…とか」
此処へ来る前に間借りとして住まいを共にしていた二人の心配をしてみたり、いつも見ていたお笑い番組の内容が気にしてみたり、色々と思考を巡らせて独り言を口にして少しでも辛い、苦しい、怖い…など思わないように努力した。
思ってしまえば自分で決意し選び進んだ道を否定する事になる。
ただ、寂しげな表情を一層深めてしまう人物の名前だけは喉の奥の奥で堰き止められ口にする事は出来ずに居た。
──黒崎くん……。
声に出せば同時に涙が溢れて、掠める不安も次々に口零してしまいそうになる。
膝に置いた掌でスカートを強く握り、下唇をキュッと噛み締めて感情を振り払うように首を左右に振ると項垂れていた面を勢いよく上げた。
──その時だった。
背にしている重々しい扉の音がゆっくりと部屋に響き渡り、織姫は肩越しに振り向いて扉の奥の薄暗闇から窺える人影に目を凝らす。
驚き震えを伴わないのは来たる人物が誰なのか予想が付いているからだ。
自分を虚圏へ誘導し連れて来た─ウルキオラ─。
「…食事だ。手短に済ませろ」
必要外の言葉は一切口にする事の無い虚無という言葉に相応しい冷たい声、顔色一つ変えず与えられた命を忠実に遂行する意志を宿した瞳。
手にした食膳から上る湯気はそんな彼に似つかわしくなく暖かさを醸し出している。
「……はい」
両手を床について身体をずるずると対面して目前に置かれる食事を見て、意外にもまともな品・デザートまで付いている事に感慨するものの、すぐに思考は疑問へと変わって食膳とウルキオラを交互に見比べる。
「なんで…あなたが食事まで持ってきてくれるんですか?」
「お前の捕獲と監視が俺に架せられた命だからだ。それ以外に理由など無い」
素朴な疑問である。十刃の、リーダー格とも言える人物がわざわざ食膳を運ぶなど小間使いのような役割を果たさなくても数字持ちがすれば良い。
いくら監視役と言われたところで疑問が解ける訳も無く、けれど突き詰めたところで相手が答えるとも思えないのでとりあえず空腹を満たす事にした。
沈黙。居心地の悪さを感じながら残す事無く食事を終えると箸を食膳の上に揃え、細い指と小さな掌を併せ控えめな声量で「ご馳走様でした」と礼儀正しく面を下げた。
しかし壁に凭れ掛かったウルキオラは動こうとしない。再び疑問が頭を過ぎり居心地の悪さを繕うためと何か言葉を催促する意味を込めて逡巡とした。
「えっと〜……」
「…何だ」
「破面さんはお腹空かないのかなあって…」
「要らん詮索だ」
遮らんばかりの即答でまたもや永い沈黙。
行動や思考がさっぱり読めない相手にどうしたらいいのか全く分からず、弱々しく眉を寄せながら俯いて短く唸り声に近しい声で繰り出す言葉を探す。
不意に背筋が震える感覚に襲われたかと思えば鼓動が一つ高鳴り、どくんどくん…と心拍が上がり内側から熱くなり始めた。
心なしか吐き出す息の速さが増している。
「……時間か」
ようやく口にした一言で壁から背を離したウルキオラが近付いてくる。
言葉の意図している部分は分からないが本能から身の危険を察し腰が引け、後退りしていくもののそれも部屋を覆う白い壁によって阻まれた。
Please don't use this texts&images without permission of 008-111.