最近どうも肩凝りと眼精疲労が酷い。
その理由は言うまでもない。
すでに趣味の域を完全に逸脱してしまったアイコラ作成作業のためだ。
現在、男性死神の間で秘めたブームになっている(檜佐木先輩談)アイコラ。
「童貞君」などと不名誉な渾名で否応なくあらゆる笑いを買っていた頃と今とでは、
皆(注・男連中のみ)の僕を見る眼が全く違うものになっていると感じる。
それが決して錯覚ではないと確信できるのは、
これの『おかげ』と言うべきか、…いや、言うべきなんだろうな、間違いなく。
今ではなにやらたいそう面白がっているふうな市丸隊長の管理の下、
引きも切らない多種多様な発注内容に、挑みかかる僕の職人魂は燃え尽きることを知らず、
求められる以上に精緻かつリアルな仕上がりは、僕自身非常に満足のいくところでもある。
しかし…、と僕はため息混じりに鏡に映った自分自身を眺めやる。
青褪めた頬はこけ、両目の下には黒々とした隈、
こころなし、髪のハリ・ツヤもなくなってきたような気がする。
これでは永遠に「童貞君」のままなのではなかろうか…、と、
思わず不安に駆られるに、さもありなん、という風情だ。
少なくとも、自分自身のズリネタにするべくアイコラに手を出したという、
当初の目的さえも果たせないというのは、本末転倒に過ぎやしないか。
連日連夜、持ち込まれるありとあらゆる女性の裸体を前に、
作業にかまけるばかりでいい加減僕も溜まりに溜まっている。
ちょうど市丸隊長もどこやらへ出かけて不在の今、
鬼のいぬ間に命の洗濯と洒落こもうとする僕をいったい誰が責められようか。
いいや、誰にも責められる謂れはない!
そう意気込んだ僕は、やはり相当に疲れていたのだろう。
そこが作業場なのをいいことに、とっておきの一枚を取り出した僕は、
すっかり失念していたのだ。
僕に与えられた『作業場』が、正確には『三番隊執務室』と呼ばれる場所であることを。
(このところ僕はここで副隊長としての執務をなした記憶がない)
さあ準備はいいかい雛森くん、ならばいざ臨まん!と死覇装の合わせを開いた、その時。
「─── 吉良君」
僕は凍りついた。
聞き覚えがありすぎるその声に、背後に立つ気配を振り返ることすらできない。
「取り込み中に済まないね。託ってもらいたい用があるんだ」
「…あ、藍染…、隊長……」
強張る体に鞭打ち、最大の努力を持って恐る恐る振り返った先。
いつの間にそこに、と訴えかけた疑問は穏やかな微笑みに黙殺された。
眼鏡の奥で細められた眼は僕の上を通り過ぎて一点に注がれている。
まずい、と思ったときにはもう遅かった。
「…おや、そこで惜しげもなく肌を晒しているのは……、─── うちの雛森君だね」
微笑みの表情を崩しもせずに藍染隊長は言って、写真に手を伸ばした。
その手を止める術を、僕が持つわけもない。
「やあ、これが噂の品か。初めてお目にかかったよ」
まじまじと写真に見入る藍染隊長の口調は笑いを含んでいる、が、眼は少しも笑っていない。
うまい言い訳の一つとて思いつけるはずもなく、僕はただごくりと息を飲んだ。
「─── ふむ、よく出来ているじゃないか、吉良君」
「…は?」
「組み合わされた表情とこの姿勢、実に雛森君らしい。見事な出来ばえだよ」
そう言って藍染隊長は、満面に笑みを浮かべて写真を僕に差し出した。
「……お咎めは、なし、ですか…?」
「咎め?何を言ってるんだ、吉良君。
ごく個人的な楽しみを咎め立てする理由がどこにある?
ああ、ここが白昼の執務室だということは、まぁ不問に処そう。
僕は何も見なかった、とね」
半信半疑、訊ねた僕に、藍染隊長は明朗にして温情溢れる返答をくださった。
促すようにずい、と差し出された写真を受け取った瞬間、
僕を縛っていた緊張は解け、体はどっと弛緩した。
「それじゃあ、市丸隊長が戻ったらこれを渡しておいてくれ。
僕からだと言えばわかるはずだ」
「はい、わかりました。お預かりしておきます」
「頼んだよ」
藍染隊長は僕の返事に頷くと、踵を返して執務室の出入り口へと向かった。
すっかりその気の萎えた僕は、そっと息をついて写真を懐にしまおうとした。
「─── ああ、そうだ。吉良君」
「ッ、はい!?」
「余計なことかもしれないが、一つだけ助言をしておこうかな」
「な、なんでしょう、か…?」
「うん。その写真で組み合わせた体、少し幼すぎるように思えるんだが」
「……は?」
「いや、それが君の好みならば別に僕が口出しすることでもないけれどね」
どういう意味でしょう、と言いかけた言葉はしかし、声になることはなかった。
当然答えが返ってくるはずもない。
藍染隊長は意味深な笑みを浮かべ、
それ以上に意味深な言葉を残して風のように去っていってしまったので。
「雛森君、ああ見えて結構、……オトナだよ?」
その後、悶々とした妄想地獄に陥りその日のノルマを果たせなかった僕が、
市丸隊長の神槍に射殺されそうになったのは言うまでもない。
Please don't use this texts&images without permission of 008-676 .