外出を許されたといっても、建物内の僅かな部屋の行き来を許された程度であった。
永遠に続くような回廊を抜けると織姫は広間に出た。窓から見える景色は相変わらず暗く殺伐としている。
ふと見ると部屋に幾つかあるソファのひとつに人影が寝そべっているのに気付いた。
(ひゃあ、人がいたんだ…気付かなかった)
いつもは人のいない場所だったのでうっかりしていた。
そうっと退室しようとした織姫だが、その人影が誰か今気付いた。
(あ!ウルキオラ……さん)
名前を呼んだ事はないが名前は知っている。
物腰は穏やかなのに、たまに恐ろしく人の神経を逆撫でする物言いをする人だ、この間も…。
思い出して織姫は頬を膨らませた。
だが、こんな場所で無防備に昼寝をしているとは何と意外な…いや呑気な一面もあるものだ。
退室しようとしていた織姫は何故か忍び足でウルキオラに近寄っていく。
一言で云えば興味というものだろうか。
ソファのすぐ横に来た織姫がウルキオラを見おろす。
気配で起きるかとも思ったがウルキオラは目を閉じたままだった。
(………)
人間に見えるが、身体には大きな穴が開いていて、肌は陶器のように無機質で…綺麗だ。
顔の紋様は洗っても落ちないのだろうか。
そもそも破面も入浴するのだろうか。
とりあえず睡眠はとってるなぁ。
妙に呑気な疑問が織姫の頭をハテナと共に占めた。
(…この人でも…誰かを恋しく想ったりするのだろうか?…)
ぱぱぱっ、と織姫は自身の頭の上を払った。
何をくだらない事を考えているのだろう。笑ってしまう。
それでもウルキオラから中々目を離せない。
物珍しげに見つめる織姫の顔が、どんどんウルキオラとの顔の距離を縮めてゆく。
十刃ともあろう者が、こんなに人間が近付いても気付かないなんて…そして穏やかな寝顔。
人間と大して変わらないような大間違いの錯覚に陥ってしまう。
穴が開くほど見つめていた織姫がウルキオラの横に手をついて顔を近付ける。
何をやってるのか自分でも分からない。
この前傷つけられた事に対する嫌がらせ、な気もした。
目を閉じて、吸い寄せられるように唇を近付けたその時。
「……いい度胸だな」
(へ?…)
目を開けるとウルキオラのいつもの瞳が自分を見ていた。
「!!!!」
もんどりうって飛び退こうとした織姫の腕を、いつの間にかウルキオラの手が掴んでいた。
「ひゃああああっ」
「質問が聞こえなかったか?」
冷淡なウルキオラの声に動転する織姫。
「ごっ…ご…ごめんなさいっっ!!その…つい!出来心なんですっっ!!」
初めて万引きをやらかした学生よろしく織姫はわたわたと釈明した。
(ほ…ほんと何やっちゃったんだろ…私??)
頬が燃え上がるように熱い。ウルキオラの瞳が冷たければ冷たいほど血流はマグマのようだった。
「……」「……」
取り繕いようのない空気に織姫は立ち尽くすしかない。が。
「…欲しいのか?」
「……?は??」
「知っての通り俺はお前の世話を愛染様より引き受けている…不本意だがな」
きょとんとする織姫。
「あ…そうですね…」
そ…そりゃ嫌々だろうけど、わざわざ今云わなくても…
織姫は微妙な気持ちになったが構わずウルキオラは続けた。
「無論愛染様はそちらの世話も折り込み済みでいらっしゃった。…最も俺は必要ないと思っていたが…」
何を云ってるのかサッパリ分からない。
「えーと…それはつまり…どういう事…でしょう?」
「云わせるのが好みか?…全く面倒をかける女だ」
掴んでいた手を引っ張られ、ごちんと織姫はウルキオラの肩に額をぶつけた。
腕に抱かれていると自覚したのは少ししてからだった。
「!!?」
「何を驚く?…相手をして欲しいのだろう」
「なななっ…ちち…違いますっっ!」
ウルキオラの目に冗談の色はない。
「甘えるなと云わなかったか?雰囲気作りまで協力する気はない」
ウルキオラが反転し織姫をソファに沈めた。
(ちょっ!!ううう嘘よ…ね!?だ…誰か…!!)
ウルキオラの端正な顔が迫る。別の意味で心臓が高鳴ったのに織姫は気付く。
(あ…)視線がぶつかり、ぎゅっと目をつむる織姫。
その時人の気配に気付いた。
「えっ!?」「……」
織姫とウルキオラの視線が同じ方向に向かう。
少し離れた柱に、いつの間にかグリムジョーが腕組みしながら寄り掛かっていた。
「グ…グリムジョーさん…!?た、助けてくださいっ!」
とっさに救いを求める織姫にウルキオラの冷ややかな視線が注がれる。
「う…」
(そ…そりゃキスしようとしたのは私だけど…)
なぜか浮気をたしなめられたような気分だ。多分気のせいだろうが…
「…覗きとは、大した趣味だなグリムジョー」
「邪魔したか?…お前にそんな趣味があったとはなぁ…ノイトラがからかいたくなる訳だ」
のいとらが誰なのかは分からなかったが、二人の間の妙にピリピリした空気には流石に気付いた織姫だった。
「あ…あの…喧嘩しないでください」
空気を読めない織姫がつい口を挟んでしまう。
「自惚れるな」
ウルキオラが冷たく云い放つ。
「えっ?うぬぼれ…??」
きょとんとする織姫にグリムジョーが吹き出した。
「こいつぁいい」
「???」
ウルキオラは相変わらず無表情だ。いつものトーンでさらりと云い放つ。
「…それで、最後まで見て行くのか。それとも仲間に入りたいか?」
「ええっっ!?」
織姫は仰天したが、優位に立っていたつもりのグリムジョーも驚いたのか僅かに眉を吊り上げた。
何処までも一枚上手なウルキオラに内心で苛立つグリムジョー。
「ケッ、誰が…」
「そうか」
きびすを返すグリムジョーに織姫が、はわはわと手を伸ばす。
「まっ!待ってください!グリムジョーさんっっ!!」
「あ?気やすく呼ぶんじゃねぇ」
「そ、そんな…」
「……」
泣きそうな織姫を一瞥し、ウルキオラが手を離す。
「あ…ウルキオラ…さん!」
「興が失せた。部屋に戻っていろ」
「はっ、はいいっっ!!」
計らずもグリムジョーの後を追うように退室する織姫。
「……くだらんな」
自嘲するようにウルキオラは独りごちた。
「はぁ…ビックリしたぁ…ウルキオラさんでも、ふざけるコトあるんですねー」
グリムジョーは無言である。
「でも寝顔はちょっと可愛かったかも…あ、さっき見ちゃったんです」
何故か不機嫌になるグリムジョー。
「バカかテメェは。あいつがンな簡単に寝顔晒すかよ。最初から起きてたに決まってるだろうが」
「ええっ?そうなんですか?」
「ああ」
「ナルホド!私をドッキリに引っ掛けるつもりだったんですね!ウルキオラさんて案外お茶目さんですねー」
「………」
グリムジョーは頭痛がする気がした。
「冗談じゃねぇ!何で俺が…」
「?」
調子の狂うまま、何故か織姫と歩くグリムジョー。
いつもの陰気な回廊が妙に能天気に思えた。
おわり。
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