あたしが未だ十刃だった頃。
あの男と寝たのは、偶然で、必然で、気まぐれだった。
元が虚だからだろうか。
あたしたち破面は放っておくと、ココロの中にどす黒くてドロドロした感情が生まれる。
それは本当に気持ち悪くて、耐えられない不快なモノ。
低級の虚は、それを魂魄を喰らうことで落ち着かせるんだけど、あたしたちはそれぞれ違う。
勿論、低級虚と同じく魂魄を喰らう奴もいるし、戦うことで昇華させる奴もいる。
あたしたちの場合、解消方法はセックスだった。
「ハリベルとかさァ、好みじゃないんだよねー」
自分よりデカい女抱きたくないしィ、とアイツは笑って言った。
「ロリ? メノリ? 問題外だね! 陰険な女は嫌いなんだよ」
陰険なのはあんたも同じじゃない。
それ以前に、ハリベルやロリやメノリが、大人しくあんたに抱かれるとでも思ってるわけ?
そう訊くと、アイツはまた笑った。
「チルッチがいるから、そんな必要ないよね」
利害の一致で、あたしたちは身体を重ねたのだ。
「あ、ああっ」
真っ白なシーツの上で、あたしは思う様乱される。
細い指が荒っぽく其処を掻き混ぜて、そのくせイイトコロばっかり突いてくるから。
「すっごいよ。泡立ってるしぃ」
あたしの胸に吸い付きながら、揶揄うように言う。
言葉責めなんて今更恥ずかしくないけど、その声があたしを煽る。
つんつんに尖った乳首を噛まれて、また背が仰け反った。
「こんなに溢れさせたら、乾いてミイラになっちゃうんじゃないの?」
不意に指が引き抜かれた。
あたしのでべとべとになった指をまじまじと見て、アイツは笑う。
あたしはふん、と鼻を鳴らした。
「その前に、あんたから搾り取ってやるわよ」
身体を起こすと、アイツはベッドに膝立ちになって、あたしの眼前に猛った其れを突き出す。
顔に似合わず、立派なコト。
「チルが可愛いからさァ」
言ってろ。
あたしは躊躇なく其れを咥える。
鼻に抜ける、むっとする男の臭い。
あたしはそれが好きだ。
唇でサオを扱いて、舌をぐっと押し付ける。
亀頭をキャンディーみたいに舐めたり。
あと、玉を舐めるのは好き。
支える皮は薄くて、これを噛み千切ってやったら面白いだろうなといつも思う。
そんなことしたらあたしの捌け口がなくなるからやらないけど。
「あー……ねえ、出そうなんだけど」
舌が痺れてきた頃、やっとそう言われた。
顎も疲れるし、あたしだってもう我慢できない。
「出すから、飲んでよ」
口の中に吐き出される、生温い粘液。
粘ついた其れは気持ち悪いけど、あたしは頑張って嚥下する。
あたしの喉が上下するのが好きだと、アイツは言った。
「不味ッ!」
すっかり萎えた其れを吐き出して、ベッド脇に常備してある水を水差しから直接飲む。
水が零れて、シーツに灰色の染みがいくつも出来た。
「ってか遅い! この遅漏!」
「酷いなァ」
アイツは言うけど、顔は笑ってる。
その顔の儘であたしをベッドに押し倒して、無理矢理足を開かせる。
あたしの手から水差しが落ちて、水が盛大に零れた。
「冷たい」
濡れたシーツが肌に纏わり付く。
文句を言っても、アイツは少しも悪びれない。
「これからアツくなるじゃん」
開いたあたしの其処を指先でなぞる。
ぷっくり膨れた豆をきゅっと摘まれて、あたしは悲鳴を上げた。
「さっきより溢れてきてる。ボクの飲んで興奮した?」
「ぅ……っさいわね」
其処がひくついてるのが、自分でもわかる。
結局イってないんだから、今の状態はホンット生殺し。
早く挿れてほしいの。
「ちょっと待ってよ。勃つまでこっちで我慢して」
「あぁんッ」
じゅぷりと挿し入れられたのは、また指だった。
欲しいのはそれじゃないのに。
「や、だっ、違うッ」
「仕方ないでしょ、すぐには勃たないんだからさァ」
「自分で扱いて勃たせなさいよッ」
「やだよ、デリカシーないんだから」
デリカシーもなにも。
あたしとあんたの関係に、そんなお綺麗なものはいらないじゃない。
「大丈夫だって、チルの感じてる顔見てれば勃つから」
「あ、ッ」
さっきとは違って、アイツは緩やかにあたしの中を探る。
気持ちいいけど、足りない。
畜生。
あたしたちがなんでセックスしてるか、覚えてるのかしら?
別に好き合ってやってるわけじゃないんだから。
あたしの中の黒いドロドロを早く消してよ。
「チル、堪え性なさすぎだよ」
腰を揺らすあたしに、アイツは苦笑する。
そして、徐に指が抜かれた。
待ち望んだ熱いものが押し当てられる。
「は、やくぅ……」
「アハッ、やらしい顔ー。その顔好きだよ。ずっと見てたいからこの儘でもいい?」
強請ると、意地の悪い声が落ちてきた。
この期に及んで、まだ焦らすつもり? ふざけんな。
「馬鹿、言ってんじゃ……ひあァッ!!」
そろそろあたしがキレそうなのを悟ったのか。
言いかけた文句を遮って、熱い塊があたしを貫いた。
「あっれぇ? もうイっちゃったぁ?」
きゃはははと笑う甲高い声が、あたしの朦朧とした頭に響く。
あたしとしたことが――
奥を突かれて、挿れられただけであたしはイってしまっていた。
あんたがいけないのよ、いつまでも焦らすから。
「まあいっけど。動くよー」
「や、ちょっ……待、ッ」
「待たないよ」
少し休みたいのに、アイツは容赦なく腰を打ち付けてくる。
イったばかりで、あたしの身体は刺激に敏感すぎる。
押し入ってくる肉が中を擦るのが、ヤバイくらい気持ちいい。
「あっああっ、やだ、っんん」
勝手に腰が揺れ、それにあわせて揺れる乳房を掴まれた。
乱暴なくらい強い力で揉みしだかれる。
多分普通の人間なら、破裂しちゃうんだろうな。
普段なら痛いと一発くらい殴るところだけど、今のあたしにはそのくらいでなければ足りなかった。
薄ピンクの乳首は腫れたみたいに真っ赤に染まって、かちかちに硬く尖りきっている。
「チルのおっぱい、おっきくて柔らかくて好きだなぁ。それにエロいし」
「あ、はぁっ」
乳首を摘んでくりくりと転がされると、身体に電流が奔ったみたいになる。
休みなく突かれる其処と直結して、快感が何倍にもなる気がする。
「はぁ……チルの中すっごい気持ちいーよ。チルも気持ちいい?」
暢気に訊いてくるが、あたしに答える余裕はなかった。
ってゆーか、見ればわかるでしょ。
そのくらい、あたしの顔は快楽に蕩けきっている筈。
「もっと気持ちいーコトしてあげる」
そう言って、アイツはあたしの胸を解放する。
涙でぼやけた視界に映ったのは、心底愉しそうな笑顔だった。
何をするつもりだろう、と思ったのは一瞬。
あたしの中で残り少なくなっていた思考力は、次の瞬間に全て尽きた。
「あ、ああァ――!!」
アイツは突くのを止めない儘、あたしのいちばん敏感なところを擦り上げたのだ。
びくびくと身体が痙攣する。
あそこが収縮して、アイツのを思い切り締め付ける。
「あ、は……チル、またイっちゃったんだ?」
ボクもイっちゃいそうだった、とアイツは眉を寄せた。
だけど、はあはあと息を整えたのは少しの間だけ。
またアイツはあたしの身体を貪り始める。
「ひっ……あ、やッ、も……だめぇっ」
あたし的にはもう限界。
でも身体は正直。
「何言ってんのさ。ここで止めたら文句言うくせにー」
糞、コイツのくせに、あたしのことよくわかってる。
別に足りないわけじゃない。
これだけイかされれば充分なんだけど、でもまだダメなのだ。
「中に欲しいんでしょ?」
そう訊かれ、あたしは白痴のようにこくこくと頷く。
「じゃあも少し楽しませてよね」
「やああッ、あっ……」
未だイきそうにない熱塊が奥を抉ってくる。
ぐちゃぐちゃに濡れた其処から、いやらしい音が響く。
また弄られ始めた豆は、皮が捲りあがってぱんぱんに勃起していた。
中と其れを同時に責められると、またイってしまいそう。
「く……ふぅっ……、チル、キツすぎっ」
イくのを我慢して下腹に力を入れていると、アイツが切羽詰った声を上げた。
流石の遅漏もそろそろかしら。
突き上げてくるペースが速まる。
「んぁあッ、は、あっ……も、やァ……ッ」
そんなに激しくされたら、頭の中が真っ白になる。
何も考えられない。
「はぁっ、はぁっ……ボクも、イく、よっ」
喘ぎながら、アイツはあたしの仰け反る背をぎゅっと抱き締めた。
そして、今まででいちばん深いところまで熱を突き込む。
「っく……ッ」
「あ、あああぁぁッッ!!」
アイツの身体がぶるりと震えて、熱いのがあたしの中に放たれた。
同時にあたしも、みっともなく声を上げてイってしまう。
きゅうっとあそこが締まって、――
「……潮噴くほどよかったんだ?」
くすくす笑う声は、あたしには届かなかった。
精液が中で流れる感覚(なんて感じる筈ないのに)に、黒いドロドロは消え失せて、あたしは心地よい眠りについた。
アイツがあたしのことを『チル』と愛称で呼ぶようになったのは、何度か身体を重ねたあとだった。
「何よその呼び方」
「ん? この方が呼びやすいし、可愛いじゃない?」
「あっそ」
確かに、あたしの名前はいちいち呼びにくいと思う。
アイツはよくあたしの部屋にくるようになっていたし、逆もよくあった。
自然と会話も多くなり、名前を呼び合う回数も増える。
その度、普通に呼ぶのも面倒になったのだろう。
別に悪い気はしなかった、というかどうでもよかった。
コイツのことは嫌いじゃない。
けど、特別な存在って奴でもない。
勝手にすれば、という程度。
どうせコイツも、あたし相手に大した感情は持ってはいないだろう。
単に気軽なのだ、お互い。
「チルは可愛いよねえ」
歌うような声に乗せて、アイツは軽々しく言う。
にっこりと微笑む顔に、あたしは吃驚してしまった。
可愛いなんて、一言だって言われたことない。
自分でも思ってなんかない。
「は、あんた馬鹿じゃないの。女のあたしより可愛い顔してるくせに」
普通の女なら、可愛いと言われて嬉しいのだろうか。
だけどあたしは、自分を可愛いと思っていないから、嬉しいより先に皮肉が口に出た。
するとアイツは心外だという顔をする。
「そりゃボクは女顔だけどさァ……でもチルのがずっと可愛い」
まだ言うか。
それより、コイツは何が望みなの?
あたしを褒め殺したって、何が出るわけでもないのに。
「あのさァ、あたしは可愛いなんて言われたって嬉しくないの。どういうつもりよ」
眉間に皺を寄せて問うと、アイツはきょとんとして首を傾げた。
「どういうつもり、って……ボクが言いたいから言ってるだけだよ」
思ってもみない答えが返ってきて、あたしは眉間の皺を更に深める。
ああ、益々わからない。
なんなの、コイツ。
「だって、チルは可愛いんだもの」
破面とは思えない、邪気のない笑顔。
あたしは何も言えなくなって、そっぽを向いた。
「アハ、そーゆー顔も可愛い。怒った顔も、笑った顔も、感じてる顔もみーんな可愛い!」
一つだけわかったことがある。
コイツは心底馬鹿なんだなと。
そんな馬鹿でも、まあ嫌いじゃない。
だってセックスは滅茶苦茶上手いし、――悪い気もしないから。
あたしが十刃から落とされたとき、アイツはあたしを抱き締めた。
「やだな、今までみたいに出来なくなるのかな」
肩を落とすのは、普通はあたしのほうなのに。
逆にあたしがアイツを慰める羽目になった。
ていうか、なんでコイツがこんなに悲しむのかわからない。
あたしが十刃落ちになったからって、セックス出来なくなるわけじゃない。
あたしから十刃の宮に行くのは難しくなったけど、あんたが来ればいいだけのこと。
そう言ってみると、アイツは頭を振った。
「違うよ」
その言葉の真意なんてわかるはずなくて、あたしは黙ってアイツに背を向けた。
ただ、アイツのいつもの戯言だと思ったのだ。
夢を見た。
昔の夢。
あたしがまだ十刃だった頃の。
目を覚ますと、情事の痕跡が全くないベッドにいた。
それ以前に、ここはあたしの部屋じゃない。
目に入るのは懐かしい景色。
あ、あの壁の染み、確かアイツが気に入らない従属官を潰したときについた血だ。
そうだ、ここはアイツの部屋だ――十刃落ちになって、二度と来ることはないと思っていた。
未だあたしは夢を見ているのだろうか。
身体も綺麗に清められていたけど、でも腰に残る痛みが夢ではないと告げた。
事情が飲み込めなくてきょろきょろしていると、不意に扉が開いた。
もし他の十刃の奴に見つかったらヤバいかも。
そう思ったけど、軽やかに歩いてくるのはアイツしかいなかった。
「あ、チル起きたぁ? おはよー」
ベッドに腰掛けて、アイツはあたしの顔を覗き込んでくる。
「……なんで、あたしがここにいるわけ?」
訊くと、アイツはにぃっと笑った。
「ずうっと、チルと一緒にいたくなったの」
は? 意味わかんない。
そんな顔をしてみたら、冗談と笑い飛ばされた。
「チル寝ちゃってから、すぐに召集かかってさァ。あの儘放っとくと風邪ひくと思って、連れてきちゃった」
「……馬鹿じゃないの」
コイツの身勝手さにはいつも呆れる。
本当なら入っちゃいけないとこに連れてこられて、どうやって帰れっていうのよ。
あたしは溜息をついた。
そんなのお構いなしに、アイツはころっと話を変える。
「これから現世に行くことになったんだァ」
あっそう。
コイツは少し前に[6]に昇格したらしい。
その上今回選ばれたことが嬉しいみたいで、随分浮かれた様子で捲し立てた。
うるっさいわね、あんたが何人殺そうが、あたしには関係ないことよ。
それにしても調子に乗りすぎじゃないの?
「ちょっとの間会えなくなるけど、すぐ戻ってくるから待っててよね」
何よそれ。
まるであたしがあんたと別れることを寂しがってるような言い草。
悪いけど、あたしはあんたなんかいなくたってどうでもいいのよ。
まあ、死なれて捌け口がなくなっちゃうのは困るけど。
「フン、精精浮かれすぎて返り討ちにされないようにしなさいよ」
「アハッ、ボクがそんなヘマするわけないでしょ」
絶対、チルのとこに戻ってくるんだから。
そう言ったアイツの声は、――何故か耳に残った。
声色はいつもと変わらないのに。
「行ってきまぁす」
アイツはあたしを部屋まで送ってから、現世へ向かった。
あたしの唇に、触れるだけのキスを残して。
――それから、アイツがあたしのところに戻ることはなかった。
その日は慌しかった。
別にあたしが忙しかったわけじゃない。
コトが起こっていたのは、虚夜宮のずっと奥のほう。
最初、なんだか妙なものが、虚圏に入ってきたのを感じた。
暫くして、別の霊圧同士がぶつかる気配。
大きすぎる霊圧は、つい先日アイツに[6]を簒奪された男のもの。
もう一つは、それに圧倒されてわからなかった。
それらの霊圧は凄まじい衝撃で、あたしたち三桁の宮をも揺るがした。
だけど、小さいほうの霊圧はすぐに掻き消えた。
ああ、十刃の誰かがあの男に殺られたのだと、ぼんやりと思った。
別に誰が死のうと興味はない。
どうせまた、新しく十刃が編成されるだけだ。
あたしたち破面は、所詮は藍染様の捨て駒。
どうでもいい、あたしには関係ない――
そう思う裏で、何故かココロがざわめいた。
あたしの宮に足音が響く。
無遠慮に入ってきた白い影は、アイツじゃなかった。
「……あら、珍しい顔だこと」
声を掛けると、緑色の目玉があたしを捉える。
男はつかつかとあたしの前まで来ると、何かを投げ寄越した。
反射的に受け取った掌の中には、赤い――否、正確に言うなら、赤く染まった白いもの。
何よこれ、と訊く前に、男のほうが口を開いた。
「ルピが死んだ」
淡々と告げられたのは、短い言葉だった。
けれど、あたしにとっては何故か酷く衝撃的な。
「な……ん、ですって」
アイツが、死んだ――?
ちょっと前に、満面の笑顔で出て行ったばかりじゃない。
それがどうして、いきなりそんな話になるの?
「殺ったのはグリムジョーだ。虚閃で、上半身を吹っ飛ばされた」
相も変らぬ無表情で、男は凄惨な様子を語る。
あのときの霊圧のぶつかり合いに負けたのは、アイツだったのか――
じゃあ、まさか、この手の中の小さな欠片は。
「――あいつの仮面の残骸だ。死体は処分されて、それだけが残っていた」
赤いのは、アイツの血の色、ということ。
聞いてしまえば、血の臭いが鼻につく気がした。
欠片を包む両手が震える。
「……なんで、あたしに、これを?」
自分でも声が弱々しくなってるのがわかる。
どうして。
アイツが死んだ程度で揺らぐほど、あたしはアイツのことなんて――
男は目蓋を閉じて、静かに答えた。
「最期に、お前のところに行きたいと――奴の声が聞こえた気がしたから」
「……何よ、それ。ほんっと、意味わかんない……!」
なんで、あたしなのよ。
死んでまで悪趣味な冗談はやめてちょうだい。
「下らん感傷だが……奴の形見だ。お前が持っていろ」
それだけ言って、男はあたしに背を向けた。
だけど形見なんて、馬鹿馬鹿しい!
そんなもの押し付けられる謂れはない。
「冗談じゃないわよ! なんであたしが……!!」
あたしは歩き去る影に怒鳴りつける。
すると男は、首だけで振り向いて言った。
「愛し合っていたんだろう?」
男が姿を消しても、あたしは何も言えない儘、その場に立ち尽くしていた。
欠片を握った儘の掌がじっとりと汗ばむ。
やがて、あたしはがくりと膝をついた。
「――絶対戻ってくるって、言ったじゃない」
独り言と一緒に、頬に熱い雫が伝う。
「嘘つき」
あたしは気付いてしまった。
自分の中で、眠っていた気持ちに。
「なんで、あたしに何も言わせない儘、逝っちゃうのよ……!!」
時々感じていた変な気分の正体は、恋情だったのだ。
あたしは、アイツに恋をしていた。
アイツのことが、好きだったんだ。
「……馬ッ鹿野郎……」
その悪態は、アイツではなく、自分自身に向けたもの。
気付くのが遅すぎた、この愚かなあたし自身に。
「……ッ」
そのとき、急に吐き気が襲った。
汚れるのも構わず、あたしはその場で嘔吐する。
酷い頭痛で眩暈がした。
「――残酷なプレゼントね」
あたしの体温で温くなった手の中の欠片に向かって、文句を言ってやった。
真実はわからない。
でも、それは直感だった。
「フン、……破面でも孕むなんて知らなかったわ」
本当に信じられないことだけど。
――あたしの中には、アイツの子が宿っていた。
「畜、生……っ」
今、あたしの命は潰えようとしている。
葬討部隊の連中は、容赦なくあたしの身体を切り刻んだ。
腹を守る腕の傷は特に顕著で、肉の間から骨が見えている。
余りの痛みに、何度も気を失いそうになった。
それでも、あたしはこの子を守らなきゃ――
「――チルッチ様、先ほどから妙にお腹をお気になさっているようですね」
葬討部隊の一人の言葉が、あたしを恐怖に陥れる。
顔なんか見えないのに、ソイツがにやりと笑った気がした。
「何を守っていらっしゃるのですか?」
その問いが合図になったかのように、他の奴らがあたしの身体を押さえつける。
「糞がッ! やめろ、離せぇッッ!!」
あたしは最後の力を振り絞って必死に暴れたけど、死にかけた身体での抵抗なんて何の意味もなかった。
腕を掴まれ、まだ血に染まない腹が露にされる。
「ッい、嫌、や……やめて、お願いっ」
怖くて、恐ろしくて、あたしはプライドもかなぐり捨てて哀願した。
だけど、この連中がそんなので赦してくれる筈なんかなくて。
「静粛に願います」
「ひっ……!」
冷たい血塗れの刃が、八方から突きつけられる。
――嫌、嫌よ、死ぬのは嫌!!
助けて、ねえ、ルピ!!
せめて、この子だけでも守ってよ!!
「お覚悟を」
無感情な声が最後に、刃の雨が、あたしを襲う。
「嫌、嫌……っ、イヤァァァァ!!!」
腹を貫かれる激痛と共に、あたしの意識は、絶望の闇に包まれた――
Dies and finishes.
――Later
仄暗い研究室で、男はずれた眼鏡を指先で押し上げた。
「あの女、まさか孕んでいたとはな――」
男の目に映るのは、モニターの中の惨劇。
真っ赤に染まる画面を、男は顔色も変えず凝視する。
「破面が妊娠するなど聞いたことがない。惜しい研究材料を失くした」
さも残念そうに、男は一人ごちた。
だが、レンズの下の細められた目には新たな思惑が浮かんでいる。
「まあいい。女はあれだけじゃない。――あの売女どもが使えるだろう」
標的を狙い定めた狂科学者は、気違いのように高笑いを上げた。
終了。
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