あたしがギンの神槍を受け止めた時
奴はあたしにしか向けない顔で、笑った。
何故かとても晴れやかに。
あいつの真意は昔からつかめない。
乱菊は灯もともさず、障子を開け放って月をみていた。
両の腕は痛々しく包帯にまかれ、動かすのに多少の不便を伴った。
卯ノ花に今夜のお酒は控える様にとやんわり注意されたにも関わらず
上弦の細い月明かりの下、ちびちびと酒を口にしていた。
眠れない、雛森の容態、朽木ルキアの処刑、そして市丸ギン
一連の騒動はギンが画策したものなのか?
権力欲にはほど遠い、尸魂界をかき回して面白がっているならまだわかる
しかし、これは
あたしはあんたについに刃を向けるまでになったわ…
苦い酒だった
「……」
庭に霊圧も気配もさせずこつ然とその人物は現れた。
月を背後に、月の息子の様に銀色の髪と白い陣羽織を背負った男市丸ギン
月を背後にして、その表情は伺いしれないが狐の様な顎の尖った
白い顔の輪郭は仄かに浮び上がってた。
「何しにきたの?」
「乱菊に、怒られに来た」
「小さな庭でつっ立ってられても困るわ。入りなさいよ」
「ええの?」
「聞きたい事があったの、どうぞ三番隊長さん」
ギンはその口元に、微かな笑みを浮かべた様に見えた。
静かに音も無く、黒くて白い影がそっと乱菊の部屋に入りこんできた。
ギンは影の様に、乱菊の前に腰をおろした。
しばし無言のまま、乱菊は酔えない酒をなめていた。
ギンはあぐらをかいて、猫背気味ゆえうつむいている様にみえた。
「腕、見せて」
乱菊は無言で杯を持たない片腕を差し出した。
壊れ物の様にギンは乱菊の腕を手のひらにのせた。
「痛むん?」
「ううん、動かす時ちょっと痛む程度。二、三日で治るって言われたわ
だから、そんなに気にする程でもないの」
「強うなったな、乱菊は。僕の神槍受け止められるんはそうそうおらんで」
ギンは乱菊の包帯が巻かれた腕を、愛おしむがごとく手のひらにのせ
見入り、そっと撫でる様な仕草をした。
「あんた、手加減したでしょ。その気になればあたしも雛森も
隊長だってただでは済まないくらいの事出来たでしょうに」
そやね……。上の空の答えがかえってきた。腕がほんのり暖かい。
ギンの意識は乱菊の腕に集中している。
「あんた、なんかやってる?」
「うん、痛みとる程度の事。現場で怪我した子おったら
応急処置でも出来る様におもて、卯ノ花はんに習ってん」
そっちも、出して。
ギンに言われるままもう杯を持っていた腕を差し出す。
動かしてみれば、痛みがひいた様な気がする。
ふと垣間見せるこの男の優しさは、不器用で気まぐれで、乱菊は涙をこらえる。
何故この優しさを他の同輩に向けないのか?
疑われ得体がしれないと囁かれながら、口元の笑みをうかべ独りたたずむのか…。
腕にほの暖かいギンの癒しの術を感じながら、心の中で問う。
いつもだ、何故?何故?何故何も言わず背中だけ見せて行ってしまうの…。
「…乱菊、僕の事叱らんの?」
手のひらに乱菊の右腕をのせたまま、ギンはぼそりと呟いた。
月明かりの下、その顔はいつもの張り付いた様な笑顔ではなかった。
薄暗がりでよく見えないのか、薄い色の瞳をほんのり開いていた。
「またどこかへ行くんでしょう?もう慣れたわ。
あたしがわめこうが罵ろうが、あんたは行ってしまうんだもの」
ギンはいきなり乱菊の二の腕をつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「これでも怒らんの?」
どうしてかしら、怒る気にもならないわ。諦めとも違う何か。
ギンの一見優男に見える無駄のない筋肉のついた胸に
抱きしめられるのは久しぶりだった。
強い男の腕が乱菊の背を抱き、長く美しい金色の髪をくしけずる。
ギンの男の肌の香り…。子供の頃はどうだったかしら。
そんな事をぼんやり考える。
「ええ香りやな、乱菊は。昔も今も変わらん。
お日様の色の綺麗な髪の毛で、お日様のええ香りで。
僕はずーっとずっと幸せやった」
ギンは乱菊の首筋に顔をうずめて囁く。
僕にもお日様は情けくれるんや思て、ほんまに幸せだったんやで。
「でも、行くんでしょう…」
「うん…」
「どこへ行くの?」
「地の果て、やな…」
Please don't use this texts&images without permission of 008-805.